Volentieri! 前編

 教会の鐘が、ごぅんと鳴り響く音が遠くから聞こえる。大きな城は鬱蒼とした森に囲まれているものの、定時になる街からの鐘の音はうっすらと聞こえてくるものだ。城の中は万全な警備と幾重にも張り巡らされた罠で構築されているボンゴレファミリー総本部。その美しく磨き上げられた廊下を一人、靴音を鳴り響かせて歩いている少女がひとり。警備の者たちが一人、また一人と少女を見て振り返っていく。夕日色の髪は長く伸ばされ、大きく三つ編みにされている。真っ白な陶器のような肌に、大きく丸々とした翡翠の瞳が飾られており、外見だけで目立つ少女だった。
 彼女の名前は――――右京紅葉。ボンゴレファミリーの中では幹部級の権力と実力を兼ね備えている、十代目ファミリーの中核の一人である。右京家の跡取りであり、すでに九代目の紅星がほとんどの執務を彼女に任せているため実質的に右京家と、それに追随する医療班を一人で取りまとめている彼女がボンゴレ本部を訪れることは決して珍しいことではない。十代目の代行も務めることがある彼女は一人、イタリアに残っているからだ。医療系へ進める学校へ通いながら、彼女はほとんどの時間をいずれボンゴレのトップに立つ幼馴染である十代目沢田綱吉の為に過ごしている。本部を訪れることは珍しいことではないものの、学校の時間であるこの時間に、彼女が本部を訪れている事はある意味注目を集めていた。何か非常事態だろうか、と警備の者たちが勘ぐってしまうのは仕方のないことだった。
 腰に下げた刀がかちゃり、と音を立てて、足を止めたその先には大きな扉が一つ。扉を守っていた男たちが静かに紅葉に対して道を譲った。紅葉は何も言わずに開けられていく扉を眺めて、そして、静かにその室内へと足を踏み入れた。
 ――――室内は、表現するなら嵐の前の静けさのような緊張感を確かに孕んでいた。
 嗚呼、何かあったか。と紅葉が推測するよりも早く、困ったように微笑むボンゴレのゴットファーザー、ボンゴレ九代目が紅葉を見ていた。彼は紅葉に対して対面の椅子に腰掛けるようにと声を掛ける。僅かに礼をし、紅葉はその椅子に腰掛けた。円卓にはずらり、と九代目の守護者を始めとした、幹部たちが並んでいる。すでに父紅星の代理を務めている紅葉からしてみれば、この円卓の末席に座ることは決しておかしいことではないのだが、相変わらず椅子にとてつもない違和感を感じる。最高級のクッションが気に入らないのだろうか、それとも。
 とりとめのないことを考えている。すると、「紅葉ちゃん、」と優しい声が聞こえてきて紅葉は思考を途切れさせた。彼の申し訳無さそうな笑顔が紅葉にはよく見えた。九代目は、どこか云うのを憚ったかのように口をつぐむ。すると、周りの幹部達が、促すようにして九代目を見る。そのうち、コヨーテが静かに口を開いた。

「紅葉、お前にはXANXUSと結婚してほしい」

 しばらく、思考が停止したのは言うまでもない。
 その後の話が、右から左へと流れてしまいそうになったがなんとか留まって話を聞いた。終始、九代目が悲しげな表情を浮かべていたことがなんとも気になるが、XANXUSと紅葉を結婚させることには明確な戦略があるのはわかっている。
 その後、どうやって、ヴァリアーの本部である城に戻ってきたのか正直覚えていない。気付いたら、いつもの自室で眠っていて、起きたらXANXUSが隣で眠っていた。彼が朝に起きることはめったに無く、活動を始めるとしたら昼頃だ。紅葉はそれをよくわかっているので、とりあえずシャワーを浴びたい、とモソモソとその懐から抜け出した。適当に着替えを引っ張り出し、紅葉は脱衣所に入り、着ていたパジャマを脱ぎ捨てた。
 ひたひた、とタイルを踏みつける。シャワーのコックをひねって、熱い湯が流れ出てくるまで待つ。
(……結婚。結婚かぁ)
 紅葉はシャワーを頭から浴びながら、昨日の会話を思い出した。返事は今日の会食まで。その場で発表されるらしい。なんとも急な話だなぁ、と思いながら上層部もXANXUSの取扱に困っているのだろうな、とは考えが至る。九代目の息子ということにはなっているが、実際には血の繋がりもなく、しかもクーデターを二回。十代目との仲も良いとは言えないが、ヴァリアーそのものは成果が上がっている。九代目と家光のとりなしでヴァリアーを解体しないと決めた以上、完全に十代目の体制に移行する前に何らかの形で楔を打っておきたかったのだろう。
 そこで、都合が良いことに紅葉だ。
 XANXUSがそばに置いていても怒ること無く、なおかつ十代目とのつながりを維持できて、XANXUS・ヴァリアーの牽制となることができる人材。――――そして、更に云うのならば右京家が実質二代目の血を引いているブラッド・オブ・ボンゴレであるから、憤怒の炎を宿すXANXUSとの間に子供でもできれば儲けもの、と言ったところか。憤怒の炎をほぼ確実についだ子供が出来るだろう。九代目にそんな意志はないだろうが、これは幹部たちの不安がひどく噴出した結果だろう。紅葉には、暗示がある。最終的にはボンゴレ十代目である沢田綱吉を裏切ることが出来ない、絶対的な呪いがかかっている。その呪いは、今も解けていない、というよりも解いていない。別にそれがなくてもあっても、今の紅葉にはあの綱吉を裏切ろうという気がないからだが……まあ、それが幹部たちの安心感に繋がっているというのならば遺しておいてよかったと思うべきだろうか。
 ざばざばとシャワーを浴びていると、扉が開いた音がした。振り返ってみれば、XANXUSが壁に片方の肩を預けるようにして立っている。明らかに不機嫌な顔だ。下手をすれば、かっ消されかねない殺気が滲んでいるが紅葉は別に戦いたりする理由がない。彼はその炎で紅葉を焼いたことなど一度もないからだ。汎ゆる暴力も、紅葉には一度も向けたことがなかった。
「……おはようございます、」
「勝手にいなくなるんじゃねぇ」
「……いつものことじゃないですか、」
 後ろから伸びてきたXANXUSの手がシャワーのコックを締める。彼は何時も上半身はほぼ裸なので、遠慮なくシャワールームにも入ってくるが本当に珍しい時間に起きるものだ、と紅葉はXANXUSを見上げる。上からふかふかとしたタオルを被せられて、水気を適当に拭き取られた後、さっさと戻ってこいとだけ言われ、XANXUSがシャワールームから出ていく。これは本当に早く着替えなくては、不機嫌極まって被害をスクアーロが受けかねないと気付いて、紅葉はさっさとタオルで体の水気を取ると、着替えを急いだ。

 ヴァリアーの朝食の席には、幹部が並んでいることが多い。XANXUSがこの時間に起きていることが珍しすぎて、スクアーロがぽかん、となりながら食べていたサンドイッチを落とした。ベルは当然のように起きておらず、ルッスーリアはあらあら、といいながらも紅葉とXANXUSに朝食を出してくれた。
 たっぷりとチキンと野菜が入っているクロワッサンでできたサンドイッチに、ふわふわオムレツとソーセージ。XANXUSにはないが、フルーツのたっぷりと入ったヨーグルトが紅葉の前に置かれる。XANXUSにはエスプレッソ、紅葉には少し甘めのカフェオレも用意されて朝食の支度が整うと、XANXUSはそれらしい教養が確りと身についているからか静かにナイフとフォークを使って食事を始めた。紅葉はそれを見ながら、ゆっくりと食事を始める。本当は和食が食べたい気分だったが、イタリアで和食を食べようと思ったら右京家の本邸に行くか、自分で作るかだ。予め言っておかなかった自分が悪い、としかし、ルッスーリアが作ったおいしい朝食に舌鼓を打つ。
(……XANXUS様はすでにご存知なのだろうか)
 結婚について。
 知っているのだとしたら、少し相談してみたい気もするが。それとも、本当に彼も知らないのか。どちらだろうか
、九代目としては伝えたかっただろうが、幹部たちからすれば爆弾になりかねないXANXUSの対処は全て紅葉に丸投げするつもりだろうから、伝えていないだろう。
(結婚するのは、別にいい)
 いずれ、右京家の後継者としてどの道嫌でも結婚しなければならなかった。顔も知らない、右京家のためになる結婚をさせられるぐらいなら、愛してるXANXUSを結婚させてもらうことは機会だと思えばいい。その裏に、いくらボンゴレ側の意志が介入しているとはいっても。
「ちょっと、Califfa(女上司)、ご飯食べちゃいなさいな」
「え?」
 ――――ルッスーリアに声をかけられて、自分の食事が何も進んでいなかったことに気付いた。切り分けたソーセージを突き回していたらしい。オムレツも、いつの間にか崩れてしまっている。考え事をしていたせいだが、せっかく作ってくれたルッスーリアに申し訳なくて、紅葉は慌てて謝った。
「いいけれど。なんか疲れてるの?」
「どぉせ、幹部連中に無理難題でも言われたんだろぉ、ほっとけぇ」
 スクアーロがそういう。普段から、ヴァリアーや十代目ファミリー関連で相当幹部達から無理難題を押し付けられて対処することの多い紅葉に対する哀れみもあるのだろうが、非常に淡白なものだ。無理難題言われている間は、紅葉が他者の助けをよほどでなければ受け付けないことを知っているからか、スクアーロはさっさと食事を済ませると隣に腰掛けていたアレスという少女に向けて、さっさとスクール行くぞぉと声をかけている。アレスはまだ最後のヨーグルトを堪能しているところで、えー、と不満げに声を上げたが、スクアーロが言う通り時間が迫っているのも事実なのか、仕方なしにパクパクと食べ進め、そして、ぴょんと椅子から降りてスクアーロの手を握った。
 アレスの青と緑の瞳が紅葉を捕らえた。
「がんばれ、くれちゃん」
 と言い残して、彼女はスクアーロに連れられて言ってしまった。イタリアの学校は基本保護者の送り迎えが必要なので、アレスの送り迎えはスクアーロの仕事だ。未成年が一人で出歩くことのない国のお国柄だな、と思いながらいってらっしゃい、とアレスへ声をかけた。もしかしたら、彼女には気付かれているのかもしれないな、と星の導きを持つアレスに対して苦笑する。
「体調が悪いなら休んだらどうかしら。今日は学校も休みでしょ?」
「……夕の会食まではフリーだから、少し休む。ありがとう」
 紅葉は苦笑して、朝食を食べ進める。葉夜がいたらきっともっと突っ込まれていただろうが、XANXUSはもともと干渉してこない人だし、ルッスーリアは人との距離感を上手く図れる人間だ。ふたりとも何も聞いては来ない。XANXUSはもとより興味が無いのかも知れない。さっさと朝食を食べ終えたXANXUSは紅葉を待つこと無く、自室へと下がっていく。
「んもう、ボスったら。Califfa待ってあげればいいのに」
「早起きしすぎて機嫌悪いんだよ、きっと」
 紅葉はXANXUSを見送りながら言う。いつものことだ、と流せる辺り、紅葉は寛容なのだろう。自分が慕う人間からこんな粗雑な扱いを受けていても基本気にしていないと言うか。XANXUSはそういう人間なのだ、とすっぱり割り切っている辺りが器の広さと言うか。XANXUSもそういうところにしっかりと甘えているようにルッスーリアには見える。――――まあ、代わりに紅葉は人に甘えないが。末恐ろしいくらいに禁欲的なこの少女はどうやら、また悩み事を引き受けてしまったらしい。
 我慢強く、大抵のことを自力でこなしてしまえる器用さのある少女だが、生き方だけはものすごく不器用だ。もっと器用に立ち回れば生きやすいだろうに、とルッスーリアは思うのだが、想像を絶するほどのストイックさがあるからこそ、紅葉は右京家歴代の中で最強とその年で言われるのだろうし、幹部達と十代目ファミリーの間で仕事をしてなどいないだろう。なんだか、おやつをおまけしたくなっちゃうわ、とルッスーリアは思いながらもその夕の会食だってろくなことにならないのでしょう、ということは口にしなかった。

 紅葉は朝食を食べ終えると、XANXUSの執務室へとやってきた。積み上がっている書類は任務の報告書やら、定期決算のものやら。まあ、大抵はXANXUSはサインだけで、殆どは紅葉が処理している。問題点があれば、幹部たちに問答無用で返すだけだ。おかげでベルと葉夜は返却常習犯。最終的にスクアーロがやっているのを何度か目撃している。紅葉が部屋に入ってきたのを、一瞥しただけで彼は何も言わなかった。――――が、常であるのだが。珍しく、XANXUSから口を開いた。
「言いてぇことがあんなら、さっさと言え」
「え?」
 それ以上、XANXUSは口を開かなかった。嗚呼、この人はやっぱり鋭いのだなぁ、と思う。ボンゴレの直系ではないため、超直感は有さない。この直感の鋭さは生まれ持った第六感の鋭さ。この人はいろいろな意味で凄い人なのだ。間違いなく。紅葉がゆるゆると困ったように眉を下げてXANXUSを見る。
「……何もありません」
 張り詰めた緊張感の中、紅葉はそう発した。言うべきではない、と悟ったからだ。XANXUSの赤い目が紅葉を捕らえて離さない。その赤い瞳はきっと見抜いている。見抜いていて、紅葉から言うことを求めている。紅葉は甘えも妥協も自分自身で許せない人間だ。そんな、紅葉に甘えるチャンスをくれているのだろう。自分から言え、というのは甘えるすべを学べとでも言いたいのだろうか。
「明日にはどのみち、全てのボンゴレ構成員に伝わることです」
 だから、決意する。
 紅葉はこの人だから、自分の人生を捧げたいと思ったのだから。
 穏やかに微笑んだ紅葉を見て、XANXUSは一つため息を付いた。強情だ、と思わざるを得ない。何も言わず、紅葉は決意している。その決意を捻じ曲げるのは簡単だ。忌まわしい沢田綱吉か、自分が命令だと言いきればいい。きっと紅葉は命令に逆らわず、自分の意志を曲げてあっさりと口にするだろう。たとえ心の底で決まっていたことも、命令だと口にするだけであっさりと曲げてみせる。だが、あの男も、自分も、最終手段だとすら思えない程にはその方法を忌避している。分かり合いたいとも思わない男だが、紅葉に対するスタンスはよく似ているとすら感じる。一つだけ違うとするなら、あちらは恋愛感情を何も挟まない深い家族の情であり、こちらは泥沼に落ちるほど執着にも近い愛だ。
「……明日か」
「明日の午前一の通達かと」
「ふん」
「……XANXUS様はその前に連絡が来るかも知れませんね」
 ――――今日の、夕の会食とか。
 XANXUSも参加することが決まっているその会食で、九代目は公表するつもりだと口にしていた。その前に紅葉は返事を出さねばならない。まあ、断る権利など殆どないと言ってもいい。意志があってもなくても、XANXUSとの結婚は決定事項だ。だって、紅葉にとってXANXUSは人質だ。紅葉が傍にいないのならばXANXUSは危険人物とみなし、処断すると言っているのと同じだから。冷静になればなるほど、つくづく組織としてのボンゴレは嫌いだ。紅葉のことも、XANXUSのことも所詮は道具だろう。
「XANXUS様は、」
 紅葉は静かにXANXUSを見据えた。赤い瞳と緑の視線が交わり、そして長い沈黙が生まれた。何を言うべきだったのか、紅葉にはわからない。XANXUSもその言葉に対してどう応えるべきだったのかわからない。ただ、一つ、紅葉が口にした言葉には震えと、不安と、あの時生きる価値を探してXANXUSを呼んでいた小さな少女が隠れていた気がした。

「私のことを、愛してくださいますか」

 泣きそうな声に、泣きそうな笑顔。
 どう答えてやるべきだったのか、XANXUSはわからなかった。

 オレンジ色の美しいカーテンが空に引かれる頃。紅葉とXANXUSはボンゴレの本部を訪れていた。黒塗りの車から降りてきた二人を出迎えたのは九代目の守護者の中では若い部類に入るのだろう、ガナッシュ・Vである。彼は少しおどけたような表情で二人を出迎え、会食の会場まで案内をした。
 会食は同盟ファミリーを含め、そのトップクラスが招かれているものだった。紅葉もスーツではなくナイトドレスを着用するくらいにはかしこまった場で、XANXUSもきちんとスーツを着ていた。紅葉はヴァリアーのボス補佐だが、こういう場ともなれば次期十代目ファミリーの守護者の一人。れっきとした幹部で、XANXUSのエスコートを受ける側となる。深い紺色のひらひらとしたワンピースとはどうにも落ち着かないが仕方がない。今日は基本武器の持ち込みもできないこととなっていて、紅葉はナイフの一本も持っていない。XANXUSも入り口のボーイに自らの銃とリングを預けなくてはならなかった。一瞬不機嫌になりかけた彼の腕を掴んで、今日はと嗜める。XANXUSはちらりと紅葉を一瞥した後、指からリングを抜いてぽいと投げ出した。それにホッとすると、紅葉もまたリングをボーイへ預け、XANXUSと共に会食の会場へと踏み入れた。
 すでに席の半分以上が埋まっている状態であり、紅葉はXANXUSよりも一歩前に踏み出て一礼した。XANXUSに手を取られたまま、スカートの端を僅かに持ち上げた一礼はまるで人形であるかのように見える。一同の視線を浴びつつも紅葉はなんの感情も表情には浮かべず、ただ上座の九代目へ視線を送った。すでに紅葉の回答は伝えており、この会食のいつかのタイミングで全員に伝えられる筈だった。
 紅葉が一人手を振ってくる人間に気付いた。――――跳ね馬ディーノである。同盟三本の指に入るファミリーのボスだけはある。彼らしい人懐こい笑みを浮かべており、ひらひらと手を振っている。弟分の幼馴染に対する友好の印なのだろう。紅葉としてははた迷惑なだけなのだが、それにも目礼で答えた。
 九代目から腰掛け給え、と言われ、案内されるのは当然末席に近い席だ。ヴァリアーは以前に比べ地位を失っているし、紅葉も九代目をトップとする会食では若い身分だ。それでも末席でないのは、それなりに立場が考慮されているということなのだろう。紅葉とXANXUSが席に付き、そしてまだまだ訪れる来客を待ちながら、決して和やかとは言えない談笑に付き合わされるのだ。――――まあ、XANXUSは殆ど誰かの会話に参加しないため、適度に紅葉が応えるだけ、だが。
 全員が揃ったところで、会食が始まる。当然それぞれの思惑やら、計画やらが存在するので会食そのものが和やかであることは先ずない。今回は九代目が重大な発表を持っていると事しめやかに噂されているためか皆が今か今かと待ちわびている状態だ。紅葉はそんな空気を感じながら機械的に食事を口に運ぶ。

「さて、皆に伝えたいことがある」

 全員の視線が九代目に向けられる。
「私も老い先の短い身。我が息子XANXUSの将来が気になり始めてきた」
 ――――紅葉の隣のXANXUSの肩が一瞬怒りで震えそうになるのを、紅葉の手がXANXUSの服を僅かに掴んだことで抑えた。下手をしたら、憤怒の炎が辺りを焼き払っていたかもしれない。九代目には悪意がないのは十分に理解しているがあまりこの人を逆なでしないでほしい、と紅葉は苦い表情を浮かべる。まだまだ二人の間にある遺恨が完全に消えたわけではないと知っている紅葉は一人見えないようにため息を付いた。
「そこで、紅葉ちゃんをXANXUSの妻として迎え入れることとなった。どうか、皆で祝福してほしい」
 あ、止められない、と紅葉が思うよりも早く、テーブルがXANXUSの拳でひびが入ったのは仕方のないことだった。とっさに憤怒の炎を大地の炎で"干渉"し中和していなければ、眼の前に居た幹部の一人が灰となっていたことだろうと紅葉だけが冷静に思っていた。
「おい、老いぼれ。……今、なんていいやがった?」
「XANXUS様、抑えて、」
「るせぇ!!」
 怒りに任せた拳が紅葉に叩き込まれるかと、ディーノが立ち上がりかけたが拳はぴたりと紅葉の前でとまった。一人ただ、ひたすらに凪いだ目でXANXUSを見上げている紅葉だけが異質だった。
「お話は後で。今は九代目の報告が先です。貴方もご自分の立場はわかっておられるはずです、どうか、今は」
 XANXUSはそれ以上、何か言うことはなかった。だが、盛大に椅子を蹴り飛ばし、不愉快だと言わんばかりに部屋から出ていく。倒れた椅子だけが無残に残されており、紅葉はXANXUSが出ていくのを最後まで止めず、見送った後に立ち上がり九代目へ頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いや……紅葉ちゃんが謝ることではないよ。XANXUSが夫では不安なことも多いだろうが、君ならきっとXANXUSを支えてくれると信じているよ。――――どうか、息子を頼むよ」
 ……貴方の愛情は本物だ。きっと、本当にXANXUS様を愛しているのだろうけれど。
 紅葉はふと、翡翠の瞳を九代目に向けた。
 少しだけ、かけちがっているのがとても悲しく思えてしまう。


 ――――ボンゴレの城の中庭には大きな噴水がある。紅葉は会場から一人、XANXUSを追うからと伝えて抜け出してきて噴水の近くまできて漸くXANXUSを見つけた。
「……来るな」
 近付こうとしたところで、その言葉。相当気が立っているらしい、ということだけ伝わってくる殺気だらけの言葉だ。紅葉は苦笑しながらも、言われたとおり遠くからXANXUSを見守った。
「てめぇは聞いてたのか」
「はい、昨日」
「それで、引き受けたわけか」
「はい。それが最良だと判断致しました」
 膨れ上がった殺気が紅葉を捉える。一歩間違えれば本当に殺されるような殺気。それでも、紅葉は怯えなかった。別段、此処で殺されるならそれでもよかった。それよりも悲しかったのは、XANXUSが自分との結婚をそれほど嫌がっているという事実だ。それでも悲しい顔はしない。してはいけない。
「てめぇはそれでいいのか」
 その言葉の意図を計りかねた。
「……それが、ボンゴレの意志なら」
 どう答えるのがいいのか、わからなかった。当たり前だ、いくら大人びているとは言え紅葉はまだ十六歳だ。世間的に見ればまだまだ子供で、人間の気持ちのすべてが分かるわけじゃない。ぎゅう、とドレスの裾を握りしめた。紅葉は、恐ろしいまでにストイックだ。自分の感情の起伏を理解していないとも言える。悲しいくらいまで、紅葉は自分というものを求められてなかったから。それをXANXUSが一番理解している。紅葉という人間は何時でも尊重されず、踏み潰されている。――――それを見捨てられないくらいには、XANXUSは紅葉に気を許している。
「……式はいつだ」
 紅葉がぱっと顔を上げた。
「来月だ、と」
 驚いた顔をしている。何だ、お前が驚くのかと言いたくなったがXANXUSは何も言わず立ち上がった。来月なら、どうせ逃げようもない。バタバタボンゴレで準備が進められる。挨拶回りやらなんやらは何かと理由をこじつけた回避してやろうとXANXUSは決めた。
 ありがとうございます、と小さく呟いた紅葉の顔は、不安と安堵が入り混じった表情をしていた。