ぼくの、父は。
ぼくの父親は、この横浜で最も恐ろしい人らしい。
ぼくの名前は、森 祥。父の名前は森鴎外。家では林太郎、と呼ばれているが外では鴎外と呼ばれるその人がぼくの父親である。幼い頃から、周りには沢山の黒い服の大人たちに囲まれて育った。中原さん、とか、広津さんとか。桃子さんは元は母の護衛だったらしいが、今はぼくの世話係をしてくれている。
ぼくは父親の仕事を見たことがない。
母にその話をすると、母はいつもどう答えようかと、悩んだ顔をする。もともと父の仕事の手伝いをしていたらしい母は、ぼくと律の出産を契機に、現場からは離れた。どうしようもない時に父に呼び出されるが、その時はぼくと律も横浜でもっとも大きな建築物へ連れて行かれるのだ。
「やぁ、祥、律。いらっしゃい」
一番高い所、祥はそこで父に会う。家には毎日帰ってくるけれど、それでも此処で会う父は初めて出会う人のように見えてしまうのだ。穏やかに笑っている鴎外を前にして、律はぱぱ、と嬉しそうに顔をほころばせて鴎外へ近づいていく。いつものようにだらしなく笑って、おいで、と律に向かって両腕を伸ばしている鴎外を見ながら、祥はどこか手持ち無沙汰だった。律のように自分の思ったとおりに動けないくらいには、祥は成熟していた。此処にいる父はただの父ではない。横浜の暗部、夜の化身、ポートマフィアの首領。
ふと、視線をそらすと、鴎外が困ったように笑った。
「祥、おいで」
「別に、ぼくは」
「パパが寂しいんだとも。おいで、」
鴎外に言われ、祥は顔を上げた。真っ黒な外套、赤いストールを着ている父はなんだかすごく別人みたいで、少しだけ恐ろしくも思う。でも、母がいつだったか、父を夜のような人、と言っていた表現に納得がいく。父は夜だ。少し恥ずかしがりながら近づくと、父は律を抱いている手とは反対の手で祥を抱き寄せた。家では素手だけど、此処ではいつも白い手袋で覆われている手が、祥を優しく撫でた。
「……父様、」
「うん?」
――――ぼくは、いつか貴方のようになれるだろうか。
夜の如く、この街を包んで、愛する貴方のように人に。
汎ゆる苦難を受け入れて、汎ゆる非道を許すことの出来る人に。
何も言わないでいると、何か察せられたかのように父に抱き寄せられた。
「祥、君は、私の道をなぞらなくていいんだよ」
ぼくの名前は、森 祥。父の名前は森鴎外。家では林太郎、と呼ばれているが外では鴎外と呼ばれるその人がぼくの父親である。幼い頃から、周りには沢山の黒い服の大人たちに囲まれて育った。中原さん、とか、広津さんとか。桃子さんは元は母の護衛だったらしいが、今はぼくの世話係をしてくれている。
ぼくは父親の仕事を見たことがない。
母にその話をすると、母はいつもどう答えようかと、悩んだ顔をする。もともと父の仕事の手伝いをしていたらしい母は、ぼくと律の出産を契機に、現場からは離れた。どうしようもない時に父に呼び出されるが、その時はぼくと律も横浜でもっとも大きな建築物へ連れて行かれるのだ。
「やぁ、祥、律。いらっしゃい」
一番高い所、祥はそこで父に会う。家には毎日帰ってくるけれど、それでも此処で会う父は初めて出会う人のように見えてしまうのだ。穏やかに笑っている鴎外を前にして、律はぱぱ、と嬉しそうに顔をほころばせて鴎外へ近づいていく。いつものようにだらしなく笑って、おいで、と律に向かって両腕を伸ばしている鴎外を見ながら、祥はどこか手持ち無沙汰だった。律のように自分の思ったとおりに動けないくらいには、祥は成熟していた。此処にいる父はただの父ではない。横浜の暗部、夜の化身、ポートマフィアの首領。
ふと、視線をそらすと、鴎外が困ったように笑った。
「祥、おいで」
「別に、ぼくは」
「パパが寂しいんだとも。おいで、」
鴎外に言われ、祥は顔を上げた。真っ黒な外套、赤いストールを着ている父はなんだかすごく別人みたいで、少しだけ恐ろしくも思う。でも、母がいつだったか、父を夜のような人、と言っていた表現に納得がいく。父は夜だ。少し恥ずかしがりながら近づくと、父は律を抱いている手とは反対の手で祥を抱き寄せた。家では素手だけど、此処ではいつも白い手袋で覆われている手が、祥を優しく撫でた。
「……父様、」
「うん?」
――――ぼくは、いつか貴方のようになれるだろうか。
夜の如く、この街を包んで、愛する貴方のように人に。
汎ゆる苦難を受け入れて、汎ゆる非道を許すことの出来る人に。
何も言わないでいると、何か察せられたかのように父に抱き寄せられた。
「祥、君は、私の道をなぞらなくていいんだよ」