朝と夜のあわいで

 ――――森鴎外は眠れなかった。

 気づけば外が明るくなっていた。昨晩は今日が休みだから、と二人で夜更かしをしたのだ。二本の映画を見て、夜中の氷菓子も愉しんで、眠りについたのは日付が変わってしばらく経ってからだった。否、眠りに着いたのは佐登一人である。眠るときはエリスもいたのだが、今、彼女はいない。鴎外が意図的にその姿を消したからだが、実はそれをものすごく後悔している。
 佐登には可愛らしい癖がある。眠っているときは何かを抱っこしていないと落ち着かないというもので、それを初めて聞いた時なんて愛らしいのだろう、と思った。彼女の密かなぬいぐるみ収集癖も、もとを正せば安心して眠るためのものだった。恋人の可愛らしい癖に、いつしか彼女はぬいぐるみではなくエリスを抱いて眠ることが多くなった。愛しいエリスと佐登の組み合わせに本当に毎日が天国であるかのような思いなのだが、鴎外はとあるときふと気付いたのだ。
 抱いているものが突然なくなったら、佐登はどうするのだろう。
 興味が湧いたら即行動、鴎外は自身の異能であるエリスを消した。抱きしめるものを失った佐登はしばらく身じろいで抱きしめるものを探し、そして、後ろに自分を抱きしめている鴎外の存在を認知すると、くるりと振り返って鴎外へ腕を回してきた。抱きしめられているのでは駄目で、自分が抱きしめていないと落ち着かないらしい。ぎゅうぎゅう、と普段の佐登ではありえないぬくもりを堪能しつつ、鴎外は優しく抱きしめて眠るのが最近の常だ。

 だが、夏が近づいてきて横浜は最近、最高気温を更新つつある。だんだんと佐登の寝間着が薄着になってきたのだ。夜は佐登が空調に弱いということもあってか、空調は最低限となっている。それゆえにいくら掛け物を薄くしても若干暑いといえば暑い。その話を紅葉に以前すると彼女は呆れたようにしながら離れればよかろう、と言う。離れては意味がないのだ、離れては。それはさておき、寝間着が薄着になってきた彼女は上下がしっかりと揃っているパジャマタイプではなく、ワンピースタイプの寝巻きになったのだ。そう、ワンピースタイプに。
(……足が、)
 もともと抱きしめている時に足を掛けることもあったが、ワンピースタイプで足をかけられると嫌が応にも、佐登の生足を意識してしまう。日頃は膝丈スカァトにストッキングという徹底ぶりで隠されている足が惜しげもなくさらされている。動いた分、ワンピースの裾も持ち上がっていて、鴎外の目に毒だ。日焼けしていない白い肌は少しでも布団を持ち上げれば見えるだろう。――――正直見たいが。
 そんな状況のせいで今日は眠れなかった。否、寝てしまえた方が楽だった。意識しなくて済む。一回くらいの徹夜ではどうにもこうにもならない体ではあるものの、ずっと素数を数え続けていたのは長かった。いくつまで言ったかな、と朝を認識したことで途絶えた素数のことを思い返す。
「ん……っ」
 腕の中の佐登が身じろいだ。嗚呼、相変わらず正確な体内時計だ、と鴎外は感心する。朝ごはんの支度があるから、と佐登はよほど早い出勤でもない限りは決まった時間に一度目が開く。その後二度寝したりすることもあるが、まあそれは最近では稀だ。ぱちぱち、と何度かまばたきをして、そして、鴎外を見て、ふにゃりと、笑った。
「鴎外さ、ん」
 目が覚めてから三十分は佐登は覚醒しない。ぼんやりとしていて、少し甘えただ。ぼう、としているが鴎外をしっかりと認識しているのか、いつもなら照れて絶対にしない行動をする。ぎゅうぎゅうと抱きつく腕に力を入れて、すりすりと鴎外の胸に頬を寄せて甘えてくる。柔らかな体の感触を感じて、鴎外はそろそろ限界だった。寝ていないぐらいで判断が鈍ったりはしないが、少なからずここで理性を保たせる理由はなかった。
 暮、と甘やかに呼べば、佐登が顔を上げた。ふにゃふにゃとしている表情で鴎外に顔を近づけてくるので、その唇にまずは触れるだけの口づけをした。ちゅ、ちゅと何度も繰り返せば、佐登がくすぐったそうに、ふふと笑うのが聞こえる。幸せそうな声をして、今まで鴎外の体に回っていた腕が鴎外の首に回る。それを合図に鴎外はくるり、と体を回して佐登をシーツに押し付けた。
「んっ、ふぁ……ふふ、んっ、」
 寝ぼけていた瞳がとろりと甘く蕩けていくのを眺める。くちゅくちゅと舌で口内の唾液を混ぜ合わせるような口付けに息が苦しくなってきた佐登が弱々しい力で鴎外を押してきたのでゆっくりと唇を離すと、飲み込みきれなかった唾液が二人をつないでいた。
「ん……は、お、鴎外、さ、…………ん、あ、こら、……あん、」
 膝を上げているせいで、僅かに持ち上がっている寝間着の裾に手を滑り込ませる鴎外の手を佐登がぱちり、と叩いた。
「あいた」
「……今は朝ですよ。もう、こんなに明るいのに」
 佐登の言う通り。夜目の効く鴎外にはあまり関係ないが、もう日は昇っている。カーテンをしているが、隙間から入り込む日差しで十分に部屋が明るくなっている。まあ、鴎外からすれば、それが一体何だというのかという話だが。別に睦み合いは夜に限ったことではないだろうし。と思いながら、鴎外は佐登に身を寄せると、ちうちうと佐登の首筋に唇を寄せて吸い上げた。
「あ……っ、ん、やぁ……お、うがいさん、私、そろそろ……んぁっ、朝、ごはん……っ」
「ん、今日はいいよ。後で私が作るから」
「ひっ、ぁ……っ、ふ、んぅ……っ」
 寝巻きのままでも主張し始めているのがわかる胸の頂きをぐりぐりと指で摘んでこすりあわせた。わかりやすいくらい、背を反らし、びくびくと震える佐登の唇をもう一度塞いだ。その間も指の動きを止めずにいると、佐登が大きく涙をためた目を見開いて、背をのけぞらせる。
「気持ちいい?」
「……あっ、……ひ、み、みみ……やっ、」
 片方の耳は指でいじり、もう片方は唇で食んで、息を吹きかけた。時折、舌でなぞってやれば、耳が弱い佐登は震えながら鴎外にすがった。ぎゅう、と寝間着を掴むと、鴎外がくすくすと笑う声が直接脳に響いてくる。薄っすらと目を開けてみれば、楽しげな鴎外の顔が僅かに見えた。
「……っ、もう……っ」
「だって、したくなっちゃったから。許して?」
「……ずるいっ、」