夕食も姓はいなかった。

それを跡部は特に気にすることはない。
立場上、庭師のあの子は俺らとは食事を共にしないなんて言ってたけど、主従の前に学友だ。

午後7時。さすがに夏ではないので、空は黒く染まっている。
自分に与えられた部屋に戻っても落ち着かない。


バルコニーに出れば作業をする彼女が見られるだろうか。
ベッドから体を起こし、昼間と違いひやりとした風に体を晒す。


「ん?」


手すりの隅に置かれた花束。3輪だけの小さなバラのもの。
差出人もなければ、リボンでまとめただけの簡素なもの。だけど、トゲは全て外されていた。


ドアをノックする音。


「幸村いるか?」


部屋にやってきた跡部と蓮二。
跡部の脇には3冊ほどのアルバムのようなものが抱えられていた。


「これ、誰からかわかるかい?」


バルコニーの扉を閉め部屋に戻る。
ローテーブルにアルバムを下ろし、ソファに腰を下ろした跡部。蓮二も一人用のソファに座る。

3輪の小さなバラの花束を見せると、跡部は少し考える。


「花の妖精のイタズラだろ」


跡部はニヤリと笑い、大変メルヘンチックな答えが返ってきた。
蓮二も「そうかもしれない」と言いながら笑うから、そういうことにしておこう。


「急にアルバムなんて取り出してどうしたんだい?」
「あいつが猫を被ってるから剥いでやろうと思ってな」


ソファに座りアルバムを一冊手に取り、中を見れば姓の写真だった。

メイドや執事のコレクションだと言う。
花の手入れをする姿。跡部や氷帝と遊ぶ姿。イブニングドレスに身を包む姿。別のアルバムには中学よりもずっと幼い姿。
俺が見たことのないあの子の姿。


「名のやつ、お前の前では虫なんて掴めませんみたいた顔してるのが可笑しくてよ」


お前から見たあいつってどんな奴だと聞かれて、アルバムから愛おしにバラの切り花を顔に寄せる姿を指す。
跡部も蓮二も、その隣の泥まみれで芥川と向日と笑う姿だという。


「俺って、あの子のこと何も知らないんだな」
「無理もないだろう。名と関わる機会がなかったからな」


頬杖をついてパラパラとアルバムをめくる。


『幸村いる?って、すごいメンツ』


ノックしてから顔を覗かせた彼女。
手招きすれば遠慮がちに入ってきた。


『え、ちょっと何!』


俺の手からアルバムを取り上げる。
彼女もアルバムの存在を知らなかったのか、パラパラとめくった後、跡部を睨みつける。
アルバムを胸に抱きしめ、顔を赤くしている。
跡部は鼻で笑い、悪びれる様子がない。蓮二も微笑むだけだ。


「何か用事?」
『明日の予定を聞きに』


両手を差し出せば、何事もなかったようにアルバムを返してくれて、少し抜けてるところがあるのかもしれないと、不安になる。