蓮二にスコアボードの書き方を教えてもらっている名を見て気付いたけど、ちょっと距離が近くないかな。

お互いその気はないし、名は俺にベタ惚れなのはわかってるんだけど、男子との距離感が近すぎる。
仲のいい友達がはかる距離だと思うんだけど、身体がくっつきそうなんだけど。

俺とはくっついたら半歩分くらい距離を置くのに。


俺も名がモテるとかそういう話を朝食前に聞いて初めての知った。
それを踏まえてあの距離は『勘違いする距離』だ。


忍足とラリーをしているが、名が気になって仕方ない。


俺が集中してないのに気付いたのか、忍足はラリーを止め、俺の視線の先を見る。


「あー、アレは注意したらなあかんで」
「そう思うかい?」


名に跡部が近づく。
彼女の肩から覗き込むようにノートを見る。


「名シャンプー変えたか?」
『シャンプーは変えてないけど、柔軟剤は変えたよ。いい匂いがするやつなの』


匂いがわかる距離まで近付かれてもなんの反応も示さない名にもイラついてきた。

ちょっと動けば唇当たるんじゃないの?
あれが跡部の距離感がとか言われたら仕方がないかもしれないけど、人の彼女にベタベタしすぎじゃないかな。


黙って睨みつけてれば、殺気に気付いたのか跡部がこちらを見る。
フッとバカにしたように笑い、片腕を名の肩に回した。


「見ろよあれ」


景の視線の先を追いかける。
忍足とラリーを止めてこちらを睨みつける精市の姿。
どうしたんだろ、めちゃくちゃ怒ってるみたい。


「嫉妬か?醜いぞ、幸村!」
「煽ったアカンで跡部!」


精市は一歩こちらに足を進める。
忍足が精市を止めようとしたが、ネットを挟んでいたため、その手は空を切った。

跡部とわたしの目の前に立った精市からは、いつもの穏やかな柔らかさはなく、冷気を纏ってよく研がれた銀のナイフみたいだった。


「跡部」
「喧嘩なら買うぜ?」
『それは良くないよ、テニスで決めてよ』
「名はわかってないなぁ」


景と睨み合ったまま、腕を掴まれ精市に引き寄せられる。
ただらなぬ雰囲気に、気がつけばコートからボールの音が消えていた。


「精市。女子は仲が良い友人とは恋人よりも近い距離にいるものだ」
「そういうものとわかってても許されないものはあるよ」


ん?わたしのことか。
他の男子とは距離を置いて話すけど、景と蓮に関しては、男女の意識がない内からの仲だから女子と話すくらいの距離感だったかも。
何気ない距離だったから気にしなかったけど、身体がくっつくまで普通は近付かないよね。


『精市、ごめんね。景と柳にはドキドキしてないから』
「俺にはしてくれてるの?」


頷いてから気付いたけど、なんて恥ずかしいことを言ってるんだ。
幸村からはスッと冷気が消え、いつもの柔らかさに戻った。


「じゃ、練習に戻るね。みんなも手を止めてしまってすまなかった」


名残惜しそうに腕を離したその背中に手を振った。


「独占欲の塊みたいな奴に好かれて大変だな」
『さっきのは景にも非があると思うけど』
「ハッ、よく言うぜ」


軽くラケットで頭を叩かれ、景も練習に戻っていった。


「許される距離がわからんな」
『本当だね』


わたしたちもノートに目を戻した。