「女の子の部屋に入るなんて初めてのだな」
『わたしもこの部屋になってから人を入れるの初めてのかも』
綺麗に片付いた部屋だ。
ぬいぐるみとかピンク色とか女の子らしい部屋ではないけれど、ガーベラが花瓶に挿してあってなんとも名らしさがある。
『あんまり見ないでね』
テーブルにお盆を置いて、名はノートを広げた。
俺は名の向かい側に座る。
そこでふと目に留まった参考書。
「氷帝?」
『あ、うん。理数特進に進もうと思って』
パラパラと過去問をめくる。
氷帝の理数特進。関東でトップクラスの学力。
数学は得意だし、理科だって悪いわけじゃないけど、ここはさすがに入れない。
「すごいね、俺じゃ考えられないや」
『うん。だからわたしも大変』
名は模試の結果も見せてくれた。
A判定。油断しなければ入れなくない程度。
『特待狙うつもりなんだけど、これじゃ無理かな』
「えっ、特待まで狙ってるの?」
眉をハの字にして笑う名。
『勉強、できちゃうのも困ってるんだ』
「贅沢だね」
『うーん』
話すべきか、話さないべきか悩んでから、名はポツポツと喋り始めた。
おじいさんが剪定をして、お父さんが会社経営していて、勉強ができたから、経営に入れたい父と庭師をさせたいおじいさんが揉めたらしい。
それがきっかけで元々仲が悪かった二人だから顔を合わせる度に口論するから、離れに自室を移した。
『わたしもさ、通信制とかにしてじいちゃんの手伝いをしたいんだけどさ、大学行ってもっと植物について勉強したいとも思ってる』
経営だって知っておきたいけど、庭師じゃなくて、セラピストになるかもしれないし、先生だったり、林業に興味を持つかもしれない。
わたしにはもう二択しか選べないなんて寂しすぎる。
「ジレンマだね」
『15歳には重い問題だよ。精市はどうするの?』
わたしが話したから精市の進路が知りたくなった。
彼の顔が曇った。
ゆっくり口を開き、そこには聞きたくない事実があった。
「泣かないで」
『泣きたいのは精市だよね、ごめん』
入院した過去があるは知ってたけど、そんなに深刻なものとは知らなかった。
隣にやってきた精市に抱きしめられる。
「俺は案外平気。入院してテニスできないのは残念だけどね」
いつもみたいにニコニコ笑う精市に救われた気がする。
『よしっ、勉強しよう』
両手で顔を叩く。
「勉強終わったらキスしていい?」
『ひぇ……』
「そういう約束でしょ?」
そうだ、これはお家デートだった。今も二人きりだ。
思い出したように顔が熱くなった。
紛らわすように、問題集の問題を解き始めた。
「名、この問題どう解くの?」
『それはねー』
精市も頭がいいとはいえ、時々休んで授業を抜けてるからあんまり応用は得意ではないみたい。
上手く説明できてるかわからないけど、うんうんと頷いている精市が可愛い。
『今ので大丈夫そう?』
「蓮二よりわかりやすいよ」
『じゃあ、この問題集の問題やってみて』
「鬼だなぁ」
そう言いながらわたしの問題集を解き始める。
テニスの時とは違う真剣な顔。
やっぱり綺麗な顔してるなぁ。
サラサラと動く手は、潔癖そうに爪が短く切ってあって、握られたペンが羨ましい。
あの手で頭を撫でてくれたり、触れてくれたりするんだよなぁ。
ふと、手を止めて顔を上げる。
「見つめられてたら集中できないなぁ」
『ごめんね』
わたしもノートに目を戻した。