女子の噂の拡散力は怖い。
教室に入ればちらちらと向けられる視線。ひそひそ声。
昨日の告白のフリがそんなに珍しかったのだろうか。
あの幸村精市なんだ。告白なんて日常茶飯事で、どのクラスの誰がいつ告白したかなんて誰も把握していない。
そんなこの空間の話題に切り込んできた奴が一人。
「なぁなぁ、昨日幸村くんと抱き合ってたの本当なのか?」
『は?』
ちょっと待って。
告白の方じゃなくて、あの後抱きしめられたことでざわついてるの?
コソコソと話しかけてきたのは、赤い髪の人懐っこい丸井ブン太。二年の時にクラスが同じだった。
わざわざF組までご苦労様。
わたしはノートを広げ、片隅に『本当』と書き込む。
みんなが注目する中、頷くにも口にするにも恥ずかしい。
丸井は小声で「まじかよぃ……」と呟き、後ろから「ほう」と声が聞こえた。
いつの間にか忍び寄っていた影に気付いてなかったわたしは座ったまま驚いて飛び上がった。
それを見た丸井は大笑い。
「や、柳……」
バクバクと動く心臓に手を当てながら振り返る。
穏やかな顔をして、データを記録するノートを片手に見下ろしていた。
「これから精市は積極的に来るだろうな。覚悟しておけ」
そう言い、窓際の一番後ろ、わたしの後ろの席に座った。
『それどういうこと』
わたしは体ごと振り返り、問い詰める。
丸井も柳の隣の席の机にもたれかかった。
カバンから教科書を取り出し、机に仕舞いながら柳は口を開く。
「お前が外部受験することを話した。猶予は1年もないからな。応えが来るまで、応えが来ても付き合うまで攻めてくるぞ」
「ははっ、頑張れ」
宣戦布告。それに近いような言葉。
予鈴が鳴り、丸井はF組から急いで出て行った。
『篭城戦』
「ある意味な。言っておくが精市はしつこいぞ」
『なんとなく察してるよ』
本鈴がなる前にやってきた担任。
わたしは前を向き、深いため息を吐きながらノートの落書きを消した。
しつこく付きまとうなら幸村だけでいい。
ファンクラブ。一抹の不安だ。