長い長い大学生の春休み。

隣の部屋からの大きな物音で目が覚めた。
どうもパソコンに向かってレポートを書いているうちに眠ってしまったらしい。

座ったまま、最後に時計を見たのは夜中の3時。今は午前9時。
6時間もこの体勢なら身体は冷えて、身は固まって、関節が軋む。
まだ半分人形のピノキオの気分だ。


わたしの部屋の左隣。
301号室。何故か中々埋まらない角部屋だった。
事故物件か曰く付きか。今のところ、隣の部屋からの物音は聞こえたことはない。


関節を鳴らしながら立ち上がりコーヒーを淹れる。
隣人はどんな人だろうか。

近くのわたしの通う大学の学生さんだろうか。
男、女。年上、年下。
あんまり友達を連れてくる人じゃないといいな。
あと、神経質な人は嫌だな。


昼からバイトだし、と着替えて化粧をして、テレビを観ているとインターフォンが鳴った。


『はい』
「301号室に越してきた幸村です」


玄関を開けると、漫画から出てきたような容姿の青年だった。
よかった、部屋着で寝起きの顔じゃなくて。

うっかり見惚れてしまう。
こんな顔、人生20年の中でテレビの中でしか出会ったことがない。


宜しければといただいた食器用洗剤。ありがたく使わせていただきます。


「お名前をお伺いしても?」
『あ、姓です』
「差支えなければ下の名前も」
『名です』
「いいお名前ですね」


そんなにニコニコしたって何も出ませんよ。

何だろうこの人。存在するだけで女が寄ってくるんじゃないかな。


「しばらく騒がしいですけど」
『日中はバイトに出ているのでお気になさらず』


では、とドアを閉めようとしたら、ドアを掴まれ部屋に引っ込むことを阻止されてしまった。

ニコニコと笑ったままだけど、かなり強引だ。


「大学生ですか?」
『はい。すぐそこの』
「一緒ですね。俺、この春から三年なんです」
『現役ならタメですね』


ペラペラと話し始める幸村さん。

大人しそうな印象だったのに、言い方は変だけど、なんか違う。

同い年で、学部は違う。
元々実家から通っていたけど、遠いからバイトでお金を貯めて一人暮らしを始めたらしい。
どんどん幸村さんの情報だけが集まっていく。

そろそろやめて貰わないとバイトに遅れてしまう。


「そっか、がんばってね」


すっとドアから手を離される。
どこか寂しそうな表情をされて心が痛んだ気がした。


『一人暮らしは寂しいので、いつでも話し相手になりますよ』
「えっ!本当、嬉しいな」


ふたたび笑顔を取り戻す幸村さん。
あー、いらないこと言ったかも。


上と下にも挨拶に行くのか、颯爽とエレベーターホールへ歩いて行った。
わたしの大学生活、変わるかも。


でも、幸村さん。どこかで見たことある人なんだよな。
どこでだろう。大学かな。