『なんだこれ』
朝、洗濯物を持ってベランダに出れば、物干し竿に何か絡んでいた。
なんだろう植物のツルかな。
どこから伸びているのかと思えば、となりの幸村さんのベランダからだ。
今は邪魔にならないけど、1日でここまで成長したのなら、明日はもっと成長しているかもしれない。
こっそり千切ってしまおうかと考えているうちに、となりからガラス戸を開ける音がした。
『幸村さん、おはようございます!』
「名さん、おはよう。元気だね」
『あの、幸村さんのほうから植物のツルがこっちに入り込んじゃって』
「え?ああ、これかな?」
幸村さんがツルを引っ張るのか、ゆさゆさとツルは揺れるが、しっかり絡んでしまっているのか、中々取れそうにない。
わたしも指で突いて解いてみるけど強情だ。
『幸村さん、これ何の植物ですか?』
「朝顔だよ」
朝顔か。小学校で育てた以来だなぁ。
幸村さんが切る提案を持ちかけてきたけど、断らせて頂いた。
その代わり、朝顔がこれ以上物干し竿を侵食しないように、添え木のようなものを譲ってもらおう。
『でも、なんで朝顔?』
「あれ、そうか。うちに来るときは夜だし、カーテンを閉めてるから知らないのか。ちょっと来てみて。鍵開けとくから」
どういうことだろう。
前に切原さんが仕切りを破ったときはこれといって何もないベランダだったけど。
朝顔の植木鉢でもあるのかな?
とりあえず乾いてシワになる前に洗濯物を干してしまわないと。せっかくの梅雨の合間の晴れの日なんだから。
洗濯物を干し終わった頃はお昼前だった。
せっかく幸村さんの部屋にお邪魔するならお昼ご飯でも用意していこう。
確か、先週作って冷凍したミートソースがあるはず。ドリアにしようかな。
ホワイトソースは作らなきゃ。幸村さんの家に小麦粉と牛乳くらいはあるよね……?
とろけるチーズも持って、幸村さんのインターフォンを鳴らした。
「やっと来た。と、それは?」
『よかったらお昼もと思って』
「嬉しいな。台所好きに使っていいよ」
よく片付けられてるというか、あまり使った痕跡のないキッチンに食材を置く。
冷蔵庫もお惣菜やお酒やジュース。少し野菜。結構不摂生な生活をしているみたいだ。
かろうじて牛乳も小麦粉もあるので、ホワイトソースを作らせてもらう。
お母さんが持たせてくれたのか、キッチン用品は揃っている。ガラスコップがやたらとあるのはなぜだろうか。
耐熱の器に冷やご飯に解凍したミートソースとホワイトソースとチーズをかけて、トースターへ押し込む。
その様子を幸村さんは手伝えることがないので見ていた。
「そう、ベランダなんだけど」
焼き上がりまで時間があるので、お邪魔した本来の目的を達成しよう。
『わぁ、すごい』
ベランダが庭になってる!
プランターが並べられ、朝顔のグリーンカーテンが絶賛成長中だ。この子がうちに伸びて来たんだな。
趣味とはいえ、ここまで改造できるんだな。
『洗濯物も布団も干されないんですか?』
最大限までベランダをガーデニングに使っていて、物干し竿はおろか、フェンスもプランターが掛けてある。
「乾燥機あるから」
『今度借りにきてもいいですか?』
「どうぞ。その代わり一食よろしくね」
やった!これで梅雨も生乾きで悩まずに済むぞ!
ちょうどドリアも焼き上がり、お昼ご飯のお礼に小さなニチニチソウの植木鉢を頂いた。
結局、朝顔はベランダのデッキブラシに巻きついてにょきにょき成長している。