『幸村くーーん!頑張って!!』


気が付けば出来上がっていた俺のファンクラブなるもの。
そこから上がる黄色い声にうんざりしながらもそこに向かってひらひらと手を振る。するとまた割れんばかりの悲鳴に耳を塞ぎたくなる。
俺はね、君たちに手を振ってるわけじゃないんだ。ファンクラブの会長にだけ振ってるの。

姓名ちゃん。彼女がいなかったらコートの外は無法地帯だろうね。
ファンクラブのメンバーは差し入れ禁止だとか、試合中は見守るだけだとか。応援団と一緒に声を出すだとか。
それに感化されて、他のメンバーのファンクラブもお行儀がいい。丸井のとこは差し入れできるみたいだけど。
俺だって名ちゃんから差し入れが欲しいよ。


噂だけど、ファンクラブ内での抜け駆け禁止などのルールはないらしい。
寧ろ、俺を想うなら応援して邪魔者から護ると名ちゃんは言っていた。

そうそう、名ちゃんとは結構話す。
この日は応援に来ちゃダメとか、大会の予定とか教えてあげるため。俺が話すきっかけが欲しいだけなんだけど。

他のファンクラブのメンバーは薄々俺が名ちゃんに気があるのに気付き始めているというのに、彼女は相変わらずだ。


『幸村くん?とっても好きよ』


痺れを切らした俺は、丸井を使って彼女がどう思っているか聞き出してみることにした。

キラキラと輝かせた瞳で話す。彼女も俺のことが好きなんだなと、ほんの少しだけ伝わってくる。
好きだからファンクラブができるんだよね。当たり前か。


「ふーん。幸村くんのこと好きなんだ。告ったりしないの?」
『告白?しないしない!そういう好きじゃないもの。ただただ尊敬してる。あんなプレーできないもの』


ピシリ。身体のどこかにヒビが入った。
薄々は気付いていたけれど、恋愛感情一切ない。
一つ大きな溜め息を吐く。前途多難だ。


『幸村くんの好きな人の噂は聞くけど、誰だろうね。結ばれるといいけど』


お前だよ!
丸井もそうだなとは言っているけど、多分同じことを思ってる。


そうだと、調理実習で作ったクッキーを丸井に手渡して名ちゃんはその場を去った。
そのあと、クッキーは俺の手に渡った。俺への差し入れ禁止だけど、まぁ、ね?


「幸村くん、大変!」


ファンクラブの子かな。名ちゃんとクラスメイトくらいしか顔と名前が一致しないや。
三人くらいが昼休みに俺の前に駆け込んできた。部活以外では極力関わらないはずなんだけどなぁ。


「名ちゃんにラブレターが」
「えっ、本当に?!」


思わず食い気味に聞き返してしまった。
どこの輩だよ。そこまでは彼女たちは知らないという。


「あれ、なんで俺に伝えたの?」
「幸村くんの恋は応援するのが決まりだし」


残りの二人はうんうん首を縦に振る。

そんなことよりも告白を受けるかどうかだ。
俺に知らせてきたってことは邪魔しろってことなのだろうか。


「あ、姓さん来てくれたんだ」
『お待たせしました』


放課後、名ちゃんの後を追って、告白にはベタすぎるくらいの非常階段。一つ上の踊り場で身を潜めて二人の話に耳を傾ける。


「俺と付き合ってくれないかな。君の一途な姿が好きなんだ」
『う、うーん』
「幸村がいるかもしれないけど、それでもいいんだ」


いや、よくないだろ。少なからず、俺がよくない。
名ちゃん押し切られないかな。


『今は幸村くんの応援をしていたいかな』
「そっか……」
『幸村くんに彼女ができて、わたしたちが邪魔になったらかな?』


そんなのいつまでも来るわけないだろ!俺は名ちゃんだけの応援でいいし、名ちゃんが邪魔になるはずないだろ。
結構名ちゃんは一途に応援してくれてるんだな。何でもない俺のために。


二人が非常階段を去り、まだ誰のものでもない名ちゃんに安堵する。
告白を受けていたら五感を奪うだけでは済まなかったかもしれない。

今後も告白現場に立ち会ってヒヤヒヤするぐらいならさっさと想いを告げてしまった方が良いかもしれない。
俺の恋の応援を逆手に取れば付き合えないこともないかも。だって、俺の好きな子が名ちゃんで、応援する以上断るはずがないよね。

そうだね、俺もラブレター書いてみようかな。匿名で。
驚くだろうな。俺が待っているんだから。

頭の中でシナリオを練りながら、テニスコートへ向かう。
コートの周りにはもうファンクラブは集まっていて、練習が始まるのを今か今かと待ちわびている。
その中から愛しい人を見つける。


俺のことに気付いた名ちゃんが大きく両手を振る。


『今日も練習がんばってください!』
「応援よろしく頼む」
「きゃー!幸村くん練習がんばって〜!」


うん。頑張るからそこで見ててね、名ちゃん。