「名、またアイツ来てるじゃん」
『うん……』


学校からの帰り道、中学の同級生の男子とばったり会い、途中まで話しながら帰った。それから時折顔を合わせることが多くなった。
それまでは良かった。

二年ながらレギュラー入りをし、公式戦にも出場するようになって、何も話していないのに応援に来てくれた。公式戦は日程も明かされているし、レギュラー入りしたことは話していたので応援に来てもおかしくはない。
問題は部活内でしか知り得ない非公式の他校での練習試合の時にも彼が来たのだ。

帰り道に会う頻度も上がり、さすがに怖くなって、反対の改札から出て遠回りをして帰ったり、バスで帰ったりした。

最近は立海のテニスコートにも現れ、他の女子部員も気味悪がり、練習に身が入らない。


「警察には届けを出したのか?」
『ううん、ああやって遠目に見てきたり、帰り道に一緒になるだけなの』
「ストーカーに関しては警察も警戒している。出すだけ無駄ではないぞ」


彼の行動に気付いた男子テニス部の柳と真田が他校生だからと追い払った。
感謝を伝えるために駆け寄り、全ての事情を話した。


「アイツとはどういう縁なんだ?」
『中学の同級生。卒業式の日に告白されて断ったの』
「男ならば素直に諦めればいいものを」
「恋愛がそれほど簡単ならば苦労しないぞ、弦一郎」


真田は彼を放り出した校門を睨みつけている。
ついでにスパイとみられる他校生も散っていった。
とりあえず真田かいれば校内から追い返すことはいくらでもできるだろうけど、多分部活が終わるまで校門で待っている。


「姓はレギュラーだ。もし何か起これば男女全国二連覇のチャンスが潰れる」


重々承知している。全国を控え、万全に整えようとしている最中、彼が現れたのだ。
被害届を出す時間も正直惜しい。


「して姓。断った理由はなんだ」
『え?好きな人が居るからって、適当に嘘をついて』
「ならばそれを利用しようか」


利用?わたしは首をかしげた。


柳が休憩中の幸村に手招きをし、わたしのことを柳が簡潔に説明をした。


「偽の恋人だね。構わないよ」
『えぇ!?』
「話が早いな」


わたしに恋人ができれば相手も身を引くだろうという考えだ。柳が言うのだからきっと上手くいく作戦なんだろうけど、どうなのかなぁ。

幸村はわたしの最寄りの少し先なので、家まで送ってくれてもお財布に打撃はない。
見た目だけで牽制するなら真田がぴったりなんだけど、彼はわたしよりも手前で降りるし、恋人の真似事でさえもできないだろうとのことだ。

幸村はこう見えても力は真田に負けないくらいあるらしく、いざというときは護れるとのこと。
わたしよりも学校から期待される幸村にこんな個人的なことを頼んでいいものなのだろうか。


『仁王まで巻き込んでしまって、ごめんね』
「高くつくぜよ」


完璧なまでにわたしにイリュージョンした仁王がわたしより先に校門をくぐった。
今度お菓子をあげるので許してください。それにしても、それ便利だね。


「俺たちも行こうか、名?」
『は、はぇ!』
「まずは形からって言うじゃないか」
『わ、わたしにはレベルが高すぎる』


友達とはいえ、顔のいい男子から今まで苗字からいきなり名前で呼ばれるようになるのはとてもドキドキする。
順を追って恋人らしくなるのもいいかもね、と幸村は笑った。いつか名前で呼ぶことになるらしい。まじか。

他愛のない話をしながら歩くいつもの道。駅まででも助かったのに家まで送ってくれた。


「じゃ、明日も送るから」
『え、あの人が学校に来てる時だけでいいよ』
「地元で何かあったら俺が後悔する。引き受けた以上、ストーカーから解放されるまでやらせてほしい」
『う、うん。よろしく』


幸村のまっすぐな瞳に押し切られた。

それから、毎日幸村と一緒に帰ることになった。
本当に恋人らしく、手を繋いだり、寄り道してみたり、一つの傘を共有してみたり、名前で呼び合うことになったり。
より恋人に見せるために休みの日に二人きりで出掛けてみたり。

駅や大会で彼の姿を見ることはあれど、何かしてくる様子もなかったし、精市や他のテニス部員が仲間になってくれて、実害もないし、忘れてしまうくらい気にならなくなった。


それよりも、精市が本当の恋人のような気がしてなんだか妙に意識してしまう。
ぎこちなくならないように頑張ってみるけれど、わたしのためだけに笑っている、時間を使ってくれていると、なんとも強欲な女の部分が出てきてしまっている。


『あの人が後をつけてるところをお巡りさんが注意してくれたらしいよ』
「うん。今日はいないみたいだね」
『わかるの?』
「わかるよ。あれだけじっとり見られてたら。君への想いより、俺への嫉妬にいつからか変わってたね」


そんなの見られるだけでわかるのだろうか。精市だからわかるのかもしれない。

後ろから刺されたりしなくて安心したし、彼もまだ未来は長いというのにストーカーで人生を棒に振らずに済んだ。
ほっと胸を撫で下ろせば、その優しさに付け込まれる前に護ることができてよかったと精市は笑った。

その笑顔での胸の高鳴りは表面にも現れたらしく、頬がほんのり熱い気がした。


「もうそろそろ、恋人ごっこも終わりかな」
『うん、そうだね』


こんな生活が1年も続き、お互い部長として全国三連覇を控えている。
群青の空の下、二人で帰るのももうすぐでお終いか。寂しくなるな。


「ねぇ」
『なに?』
「ストーカーから解放されたら、俺はもういらないかい?」
『そんなこと全然ない。たまにでいいから一緒に帰りたい』


たまにじゃなくて毎日がいいんだけど、たくさんは望めない。精市は彼氏じゃないもの。


「俺はこのままの毎日が続けばいいと思ってるよ」


わたしの家の前に着いても離れることのない手。


「ねぇ、俺たち付き合わない?」


軽く手を引かれ、精市の胸に飛び込む。
トクトクと運動した後のような心音。心から望んでいた言葉だった。

見上げれば空と同じ色をした精市の髪が揺れる。薄明かりに彼の頬が紅に染まっている気がした。

熱を持った瞳に見つめられ、わたしは目を伏せた。