「はい、俺の勝ち」
『ぐぬぬ……』


返されたテストの答案。わたしは相変わらず幸村と点数で競っていた。
今回も幸村の完勝。僅差とはいえ、一点でも下回れば負けは負け。
両手で答案用紙を握りつぶしそうだ。悔しい。

勝ち誇り幸村に鼻で笑われ、いつものように命令が下される。


「一週間お弁当よろしく」
『またそれかい!』


テストの答案を机に叩きつけ幸村を睨みつける。この余裕綽々な顔をいつか歪ませてやる。


「連戦連敗。飽きませんね」
『やぎゅくん、励ます気ないやろ』
「ええ」


持ち上げた眼鏡のブリッジ。幸村よりも良い成績を見せ付けられる。

幸村とはテストの点数で賭け事をしている。賭け事とは言ってもお金はできるだけ関わらないようにだけしている。
一つ勝者の命令を聞くだけ。今回もまた一週間お弁当を作って来いとのこと。
一人分も二人分も大して作る量は変わらないけれど、詰める時間がかかるのだ。幸村は見た目以上に食べるし。


幸村と点数を競い始めたのは、四天宝寺中から立海大附属中に転校してきた中二の暑さ残る秋から。
隣の席になった幸村が、よろしくと鼻で笑った。あの瞬間に「あ、こいつ嫌い」と思った。
そこからわたしが事あるごとに幸村に喧嘩を吹っかけるわけだが、ことごとく負けている。先に幸村がちょっかいをかけてくるんだ。わたしは悪くない。
高校生になった今も連戦連敗。幸村からの命令もだんだん過激になっていく。


「幸村くんに勝った時、あなたは何をお願いするんですか?」


いい加減にお弁当に下剤でも仕込んでやろうかと思いながら、図書室でレシピ本を開く。
図書室の住人であるやぎゅくんがわたしたち以外に誰もいないことをいいことに話しかけてきた。


幸村に命令……?


『ないで。ただ勝ってやったー!的な。強いて言うなら、必要以上に声かけんなって感じ』
「はぁ」


それは幸村くんは予想済みなんでしょうね。

姓さんが幸村くんをライバル視したきっかけも、多分幸村くんは何気なく微笑んだだけでしょう。
幸村くんは見るからに姓さんに好意を持っています。小学生みたいですね、好きな子をいじめたいだなんて。

幸村くんは姓さんが勝つとそこで関係か終わることを恐れて、死に物狂いで勉強してます。
一途ですよね、テニスにも恋愛にも。


『ほい、幸村』
「ありがとう」
『休みの部活の日もとか聞いてへん』
「言ってないからね」


うひゃー、今日も姓さん幸村先輩のこと嫌いですオーラ半端ねー!
それに対して、幸村先輩の姓さん大好きオーラも半端ねー!
切原赤也、暫くあの二人には近付きません。イラついてても、嬉しさが爆発してても、どうしてか幸村先輩にボコボコにされる。理不尽。

幸村先輩の顔から何から滲み出してる幸せオーラ。姓さんフィルターにかかれば全く違う景色なんだろうな。


「お!姓さんやん」
『は?蔵やん。なんやの』


大阪の高校生の白石さんが立海まで練習試合に来ていた。
そういえば、姓さん四天宝寺から転校してきたって言ってたっけ。

仲良さげに話す二人を間近に見ている幸村先輩の顔がどんどん曇っていく。


「幸村クンにお弁当ってそんな仲やったん」
『ちゃうよ。罰ゲーム』


何か思い出したらしい白石さんは手を打った。


「姓さん、テニス部のマネージャーまたやれへんの?」
「何、名マネージャーしてたのかい?」
『いらんことを!』


姓さんは白石さんの耳を掴んで引っ張った。意外と乱暴だな、この人。


「ふぅん、そうか」


幸村先輩は顎に手を添えて何かに企んでるな。俺でもわかる。次のテストで姓さんをマネージャーにする気だ。丁度テストの後に合宿があるし。
合掌しとこ。南無南無。


お弁当を届けた姓さんは大股でテニスコートから去っていった。


「幸村クン、姓さんのこと好きやったらさっさと捕まえてまえばええのに」
「簡単に捕まると思うかい?」


あーらら、幸村クン"も"ムキになっとるんやなぁ。姓さん、結構押しに弱いんやけどなぁ。
見てておもろいで、二人とも。小春がおったらどんなことになってたやら。

姓さんもこの関係にまんざらでもないって顔しとる。ハラテツ部長に摘まれて連れてこられた時と同じ顔しとる。
まぁ、姓さん、好きと嫌いが一緒くたになってて、暫定的に嫌いってことにしとるな。

気付いてないのもお互い様やな。天邪鬼とツンデレ。周りは「はよ仲良くせぇ!」って思ってる。
今後の二人が楽しみやなぁ。