『おーい、少年』


寂れた公園のブランコに浮かない顔をした少年が座っていた。
なんだか放っておけない感じがして、というか嫌な予感がして思わず話しかけてしまった。

声をかけても反応がないので、ブランコの隣に座ってみた。


『やぁ、少年。お家に帰らなくていいのかい?』


わたしの体重に耐えかねるのか、ただ錆び付いてるだけなのか、軽く揺らしただけでチェーンが悲鳴を上げる。
ブランコに乗るなんて何十年振りだろう。結構大人になってからでもいいものだね。

時刻は19時前。良い子は家に帰っているから誰もいない。
その上、東京の山奥のここにあまり人影はない。
それに、この制服をここで見かけるのはあまりにも不自然なのだ。


『少年、家に戻らなくていいのかい?』
「話しかけるな」


あっそ。
だけど放って置けないので、ブランコを鳴らす。
放って置けないのは彼が未成年だからか、わたしが大人だからか。手っ取り早く警察に届ければいいんだろうけど。


「女性が夜出歩くのはどうかと思いますが」
『そっくりそのまま返すね。少年は中学生だろう』


ゲームセンターだって制服着てたら追い出される時間だ。子供が出歩くには遅い。

少年に見覚えがあるのはわたしの母校の制服だから。
私立の中学だから登下校に微妙に制限がある。ドアツードアで一時間以内。
ここはその中学から2時間ほどかかる。


『家出かい?』
「だから、放っておいてくれないか」


ガチャンとチェーンを鳴らし、乱暴に立ち上がる。
座った姿から彼は大きいと思っていたけど、これほど大きいとはね。
わたしは座ったまま彼を見上げる。

薄明るい空と街灯に弱く照らされた少年の姿を見つめる。


『放っておいてもいいけど、警察呼ぶよ』


大人として当然な判断だ。
だけど、中学生。それは嫌なのだろう。
わざわざ神奈川から電車を乗り継いで来たのだから。


『うちに来るかい?』
「どういう神経をしているんだ」
『理解されなくとも構わんさ。野宿よりマシだろう』
「違う。男を、家出の、しかも未成年を家に上げる神経を疑う」


やっぱり家出だったか。


『そうだね、捜索願が出ればわたしはどうしたって誘拐犯だ』
「ならば」


段々少年の声に苛立ちが含まれていく。


『聡明な少年にはわかるだろう。家に連絡して友達とでも彼女とでも言いな。これは保護だ。もし不快に思うなら誘拐されたとでも言いな。善意でわたしは人生を棒にふる。わかるな?』


わたしは立ち上がり、自宅へと向かう。
公園を出ると、背後に人影を感じた。少年は付いてくるらしい。

振り返り、ポケットから取り出した財布を彼に投げつける。


「どういうつもりだ」
『着替え、無いよ。まだ駅前のユニクロは開いてると思うから手早く買ってきな。もし、帰る金がないというならその中身使って帰りな』


わたしの赤い革の財布を見つめ、少年は溜息を吐いた。
危機管理ができていない女とでも思っているのだろうな。
クレジットカードもキャッシュカードも入れていない。強いて言うなら、免許証と保険証が入っている。
お金だって、失えば痛手だけれど、生活に打撃が来るほどでもない。


「あなたの家は」
『そこ。もしわからないなら免許証の住所使ってタクシーで帰ってきな』
「わかった」


少年が公園を出て坂道を下っていく後ろ姿を見つめる。


『少年、名前は』
「蓮二だ」
『ん。じゃ、好きな道を選びな』