20時手前。インターフォンが鳴った。
宅急便も郵便局の兄ちゃんも午前に来るからおおよそ蓮二だろう。
あいにく、我が家はドアベルのみ。覗き窓を見ることなく玄関を開けた。


『おかえり』


無言で蓮二は佇み、その手には財布とユニクロの袋を持っていた。


「お邪魔します」
『悪いね、天井低くて』
「いえ」


彼を玄関に入れ、ピシャリと引き戸を閉めて鍵をかける。
築何十年になるんだろうね、この長屋は。多分二階で彼は真っ直ぐ立てない。

居間へ案内して、食卓に座ってもらう。
まずはご飯だ。今日はカレーでよかった。まぁ、これで3日食べるつもりだったから、一食分減ったのが残念だ。


「名」
『はいはい、なんでしょう』


部屋を見渡していた彼の目の前にカレーを置く。サラダはないけど、実家から送られてきたリンゴで我慢してくれ。

異様かな。部屋に底が抜けそうなくらいの本で埋まってる様子は。
殆どが漫画だったりするのだけれど。


「正直に言う。あなたは働いているのか?」


ボサボサ頭と部屋着とサンダルで出会ったからそう見えるよね。
コンビニに行くにしても酷すぎる。


『働いてるよ。不定給だけど』
「では何を」
『ま、それは食事をしてから。いただきます』


わたしが先に口をつけるのを待ってから蓮二は手を付けた。
毒なんて盛ってないよ。誘拐犯どころか殺人犯になるつもりなんてない。


『親に連絡した?』
「はい、彼女と言っておいた。暫く帰らないとも伝えた」
『勇気あるね。頭冷えるまでうちにいていいよ』


そう言うとありがとうございますと言って、カレーを口に運ぶ。
よく食べるな。体格から運動部なのかね。文化系って感じなのに。


『八ツ島ってまだいるの?』
「生物のか?担任だ。あなたは立海なのか」
『生きてるんだ、あのおっさん』


人を卒業後失踪扱いしてた、何の因果か中学三年間担任だった八ツ島。
実際、中学高校は不登校でいたし、卒業できるギリギリの単位しか取らなかった。


「時折ぼやく問題児とはお前のことか」
『どうかな。一緒にやんちゃしてた奴は子供こさえて結婚したしね』


お家はお堅い感じの長男なのに、18歳で子供つくって結婚とは驚いた。
弟くんが頑張るのかな。何度かお祖父さんと会ったけど、会うたびに睨まれたな。そういう顔なんだろうけど。


先にわたしは食べ終わり、リンゴを切る。
切ったそばから食べていくからなんだか可愛らしい。


『蓮二、学校はどうする。休むか?』
「そうさせてもらう。この程度で成績に響くほどではない」
『おー、代わりに八ツ島に言っとくわ』


高等部をなんとなく卒業してから、立海には顔出してないな。
卒業してから、この家で一人暮らししてるし。
初めは親に仕送りしてもらったけど、今はそんなの必要なくなったどころか、着々と貯金が貯まっている。何に使うこともない金が。


リンゴも食べ終わり、食器はシンクに投げ込んで、蓮二が最初に投げかけた疑問の答え合わせだ。


蓮二を連れて二階へ上がる。
狭くて急だよね、長屋の階段は。
頭、気を付けてと言う前に、鈍い音が聞こえた。遅かった。


電気を点ける。他人に侵略されたくない唯一のわたしの世界。


『漫画家。それも、それなりのね』