『アシスタントはいらないと思っていたけど、身の回りの世話をしてくれる人がいるのはいいね』
蓮二の作ってくれたおかずを頬張る。
肉じゃがに豆腐ハンバーグ。アオサのお味噌汁。どれも美味しい。
あれだけ怠けていたのに、掃除やちゃんとしたご飯が出てくる。しかし、洗濯までされていたのは少し嫌だ。
主夫だよ、中学生男子と言えば、俺に不可能はないと返されてしまった。
蓮二が我が家に転がり込んで三日目。そろそろ彼女の家に泊まっているとはいっても、嘘だと疑われても仕方ない。ずっと携帯の電源は切られたまま。
海原祭だって今日が最終日。明日は代休だとしても明後日からは平常授業だ。
高校生ならサボれとも言えるが、彼は義務教育の身の上。彼が困らなくとも親が困る。
「そうだな、そろそろ帰るべきだな」
蓮二はぼんやりと本棚を見つめた。
『秘密基地ぐらいに思って』
わたしは蓮二に合鍵を差し出した。
初めて会ったあの夕暮れから彼に毒されている。
元々居なかったはずなのに、たった3日程度で居なくなることを拒む自分がいる。
「漫画のようだな」
蓮二は鍵を受け取った。
この時点でわたしのプライバシーはなくなった。
まぁ、もう洗濯してもらった時点で下着とか見られているので、クレジットカードやキャッシュカードの暗証番号と未発表原稿しか隠すものもないのだけど。
『ところで、携帯の電源入れてみないかい?』
蓮二は少し眉間にしわを寄せた。
食卓に置かれた黙した携帯を見つめる。
中々手を伸ばさないので代わりに電源を点けてやった。
ゆっくりと目を覚ます彼。電波が入り電話としての機能を取り戻した途端、着信画面に変わった。
目で出ることを勧める。
彼の口からよく出るチームメイトの名前。
蓮二は渋々通話を始めた。
《蓮二!今どこに居るんだい!?》
スピーカーにしていないのに漏れ出た少年の声にびっくりした。
受話器の向こう彼も、繋がらなかった友人に嬉しさと怒りと心配の声が同時に口から飛び出したのだろう。
「落ち着け精市。今東京にいる」
《はぁ、乾のところかい?》
「いや、」
わたしの顔をじっと見てからなんて言おうか考えているのだろう。
向こう側の人は嘘に敏感な人なのかもしれない。
お姉さん、親戚、友人、彼女どれにも当てはまらない。
《まぁいいや。学校、来るんだろうね?》
「勿論だ」
そのあと一、二言交えたのちに通話を切った。
「ここまで世話になっておいて勝手だが、今日中に自宅へ戻る」
『そ。お礼とかいいよ。楽しかった』
散らかすことのなかった彼の私物がカバンに放り込まれている。
「服は置いたままで構わないか?」
『勿論。また家出においで』
寂しくなるね。本当に。一人だったのに。
『ああ、そうだ。サインでも書いておくかい?』
「そうだな。後輩が喜びそうだ」
『蓮二は?』
「また日を改めていただく」
献本でたくさん貰った記念すべき一巻を本棚から取り出し、下手くそな記念すべき1ページ目にサインを書いた。
『終わったらショックかな』
「あいつ、毎週楽しみにしているからな」
そうか。わたしが表舞台に立ってサイン会やコミックフェスタとかに出ないからどれほど作品が愛されているかなんて知らない。
終わることを悲しんでくれる人がいるのは嬉しいことだ。
『昨日さ、蓮二が愛されてるって言ってくれたでしょ、君も愛されているよ』
制服姿に戻った蓮二が履きなれたスニーカーに足を通す後ろ姿に声をかける。
あんなに心配してくれる友達がいるんだ。それに気付けなくなって、ここに逃げ出して来たんだろう?
『いってらっしゃい』
「……いってきます」
わたしは手を振って蓮二を見送った。
照れ臭そうに玄関を出て行った後ろ姿。
あなたと過ごした時間を愛するよ。