高校生の頃から描いていた漫画が完結し5年。その漫画が完結して羽を伸ばす間も無く新しく連載を持つことになり、相変わらず忙しいような暇な日々が続いている。
新しい漫画も軌道に乗り、アニメ化まで漕ぎ着け現実味のなさに他人事のようだ。

蓮二と出会って5年。彼は大学生となって、何故かわたしの家に居ついた。
確かに進学した国立大は彼の家よりわたしの家からのほうが便利だ。
高校生の頃から時折泊まりに来ていたが、ついに根を下された。親御さんはどういう考えなのだろう。


「名、サイン貰っていいか?」
『はいはい』


一番最初に蓮二が家に来た時、サインはまた今度でいいとは言っていたが、こんなに有名になるまで欲しがらないか。


『蓮二』
「なんだ」
『これは契約書では』
「そうだな」


サインと軽く言ったが、これは違う。色紙に書くようなサインは求められていない。
毎日漫画を描いていてついに目がおかしくなったのかと思って目頭を摘んだがそうではないらしい。


「何か法に触れるようなことをしたか」
『してないね。権利もある』
「では、早急に頼む」


食卓に突き出された一枚の紙。
わたしはペンを取らず、首をひねる。


「俺は待ったぞ。2年前から権利はあったのに阻むものがあったからな」
『いや、おかしくない?』
「おかしくはないだろう。正当な権利だ」
『ほら、君は学生じゃないか』
「だからどうした。中退すれば満足か?」


何を言っても言い返される。長年の付き合いで口喧嘩では蓮二に勝てない。
それに万能だ。今も当然ある権利を突きつけわたしを押さえつけようとしている。


「俺はお前に世話してくれる人が居るといいと聞いてあの日からそれなりの覚悟で名と接している。だから、頼む」


深く頭を下げ、頼み込む蓮二に嫌とは言えなかった。
わたしだって、まぁ、いずれこうなってほしいと期待をしていた。


『わかった。でも、もうちょっと漫画でも見て勉強してほしかったな』
「フッ……、面白いじゃないか、この方が」


わたしはサインをした。後にも先にも、蓮二に求められたサインはこれだけ。


『そうか、蓮二も二十歳を越えてたか』
「親の同意はいらないからな。あの二人に頼めばすぐに証人になってくれた」
『本当にいいの?アラサーだけど』
「関係ない。明日の朝提出して、挨拶にでも行くか」
『ホント、順番ぐっちゃぐちゃ』


蓮二はわたしをそっと抱きしめた。


「姓蓮二にするか?柳名にするか?」
『柳で。よろしく、旦那様』


見つめ合ったあと、初めてキスをした。
付き合ってもないのに、いきなり結婚だなんてね。ホントおかしいよ。

成人同士、親の同意はもういらないとはいえ、真田兄夫妻から証人のサインを貰ってくるのだから。


『お父さん、びっくりだろうな。姉は19歳で出来婚。妹は10歳下と結婚なんて』
「かねがね思っていたのだが、弦一郎の兄のお嫁さんはお前の姉妹か?」
『そうだよ』


一つ上の姉と真田はわたしを通じて知り合い、結婚した。友人が身内になる。変な感じだ。
多分それは蓮二も感じている。弦一郎はわたしの義弟だから。


「式はどうしようか」
『披露宴はいらない。結婚式もいらない』と、お前は言う」


くすりと蓮二は笑った。
いつからか蓮二はわたしの話す言葉を予測できるようになっていた。
被せられる度になんだか馬鹿にした、優位に立てたことで優越感に浸る彼に唇を尖らせる。
そして、決まって年下なのに生意気ね。と、言うのだ。


「年下に翻弄されてくれ、俺のお嫁さん」