「うぇええ!!?」
「騒々しいね、赤也」
「む、また漫画など読んでおるのか。少しは英語を勉強せんか」
「いてっ!そうやって殴るから脳細胞死ぬんスよ……。そうじゃなくて!」


赤也は日本から翻訳されずに、本来なら4日発売のはずの輸送の影響でこちらでは7日に発売する漫画雑誌を読んでいた。
漫画好きは相変わらずのようで、高校卒業と共にアメリカでプロテニスプレイヤーになっても愛読している。

その漫画雑誌の後ろの方、目次と作者の近況コメントが書かれたページを読みひっくり返っていた。
俺も真田も赤也があまりに大きなリアクションをするものだから、何事かと雑誌を覗き込んだ。


「姓先生、結婚したんだ」
「めでたい話ではないか」
「姓先生って、中三のころ蓮二が家出した先の方だよね。へぇ……。蓮二?」
「蓮二?」
「柳さん?」


お互い顔を見合わせて、俺は慌てて携帯電話を手にした。
国際電話?時差?そんなことよりも俺の勘が姓先生の相手が蓮二なのではないかと告げていて、居ても立っても居られない。


コール音が受話器から聞こえる中、俺たち三人は一言も発さずに待つ。日本は夜中だ。7コール鳴ったなら切ろう。


《……今何時だと思っている》


いつになく不機嫌を隠さない蓮二。それだけ心を許していることだ。というか、そんな仲じゃないと深夜の電話に出ないだろう。
俺はスピーカー設定にして、耳から携帯電話を離す。


「蓮二、俺たちに隠してることはないかい?」
《はぁ。どこから聞きつけてきたのか。あぁ、結婚した》
「おめでとうございます!」


電話口の蓮二が肩の力を抜いて微笑んだのも容易に想像できるし、赤也の割れそうな声に受話器を離したのも想像できる。


「めでたい話はもっと早く伝えんか」
《弦一郎もいるのか。夏が終われば帰国し、皆で集まるだろう。その時にしようかと思ってな》


高校卒業後、プロとして海外へ出た俺と真田。就職した仁王とジャッカル。別の学校に進学した蓮二、丸井、柳生。
見事なまでにバラバラになった俺たちに赤也は寂しい寂しいと喚くので、11月3日にジャッカルの実家の中華料理屋に集まる約束をした。それが今年で2回目。


「例の漫画家さん、だね?」
《そこまで……ああ、雑誌か》
「そう、赤也がね。いい人なんだろう?」
《勿論だ》


これ以上ないくらい幸せなのだろう。俺たちでも見たことのないくらいの表情をしているはず。
こちらも胸が温かくなった。


見ず知らずの青年を自宅に招き、通報することもなく、通報されれば明らかに自分が不利な状況なのに蓮二に良くしてくれた女性。
いい人に変わらないのだけど、変な人だというのが印象的だ。

蓮二があまりに楽しそうに話すからみんなが会いたい会いたいと騒いでも有耶無耶にされ続けた。
みんなで蓮二を追ってみたこともあったけど、向こうの方が上手だったんだよな。
結局、一度も合わせてくれなかったけど。


あまり話しすぎても、蓮二の睡眠時間を削るだけなので、また次に会う時に惚気話は聞こうか。


「有名人だから画像検索したら出てこないスかね」


赤也は携帯電話を取り出し調べ始めた。そういえばそうだね。なんで気付かなかったんだろう。


「若っ!真田さんの方が老けいてぇ!」
「あ、本当若いね。30代かな」


いつの写真かわからないけど、何かのイベントに出た時の写真かな。
同じ画像を覗き込み、真田は顎に手を添えて何か考えている。


「名さん……?」
「真田、知ってるの?」
「確証はない。兄嫁の妹さんかもしれん」


へぇ。世間って狭いなぁ。


「精市、弦一郎、赤也」


帰国して空港で待っていたのは蓮二と女性。
真田も彼女も顔を合わせると小さく声を漏らしていたので、身内なようだ。


『はじめまして。姓……柳名です』
「うわ!うわ!ファンです!」


赤也がいきなり手を取って握手をしたせいか驚いていたが、快く握り返した。その左手薬指にはシルバーの指輪が光っていた。


メディアに取り上げられる俺たちだから空港で目立って仕方ない。
場所を移そうと提案するのは一番慣れていない蓮二だった。


「大学はどうだい?」
「来年度からゼミに入り本格的に研究に入る。精市たちも調子が良さそうだな」


この感じ、二年前は当たり前にあったのに。俺よりも先に成人して、結婚して、蓮二が随分大人に見えた。


「あーあ、先に結婚しちゃったか。俺が一番だと思ったのに」
「15の時から彼女と決めていたからな」


そう。
名さんに目をやれば、興奮した赤也に絡まれ、真田が間に入りながら漫画について語っている。


「俺たちに隠してたのは彼女が取られるとでも思ったからかい?」


蓮二の目が泳いだ。
ふうん。なるほどね。うまく隠してきたね。
中学生のころは優しいお姉さんが好きだから、赤也や丸井なんかコロッと落ちそうだもんね。もうすっかり赤也は懐いてるけど。


「3日、彼女もつれてきたら?」
「いや、仕事だ。皆に会わせるのはまた今度な」
「披露宴?」


蓮二は立てた人差し指を唇に当てた。なるほど、名さんには秘密なわけだ。
ある程度年をとった女性は結婚式や披露宴を遠慮するきらいがあるようだ。


「おめでとう、蓮二」
「ありがとう精市」


女子みたいに根掘り葉掘り馴れ初めを聞きたいところだけど、今は素直に友人の結婚を祝おう。