『おかえり』
「ごめん、ちょっと遅くなった」
『カレーだから大丈夫だよ』


嫌な顔せずニコニコとソファで小説を読んで待っていた名。
これで抱き着いてきたらいいんだけどな。


すぐに用意できるらしく、食卓で待つ。カレーのいい香りが立ち込める。
ご飯をよそう名とパチリと目が合う。
照れ臭そうにはにかみ、俺も目を細めた。

名とのこんな生活にやっぱり憧れるな。
赤也に彼女と聞かれた時に、嫌な顔一つしなかった。少し期待してもいいんだろうか。
いや、ちょっと気が早いかな。


『考え事?』


目の前に置かれた揚げた夏野菜の盛り付けられたカレー。
隣に立つ名はさながらメイドさん。ちりんとチョーカーの鈴を鳴らし首を傾げた。


「名、これからも俺の世話しない?」
『養ってくれるなら』


俺の向かいに座り、手を合わせて待つ。


「本気にするよ?」


俺が金を稼げるようになったなら、名を迎えに行く。
名にその気がなくても、何度も何度もアプローチしてやる。
俺はしつこい、諦めの悪い男なんだ。かつて、病魔に襲われテニスを諦めざるを得なかったあの頃みたいに。


『昔、せーちゃんは約束してくれたじゃない』


少し辛めのカレーを頬張る。

名も覚えてたんだ。
不器用に作ったシロツメグサの指輪をはめて、結婚式の真似事をしたっけ。
それが、小学校に入る前だったかな。10年も前のことを思い出話として覚えててくれた。


「その約束、守っていいのかな」
『破ったら、悲しいよ』


ほんのりと頬を紅く染めた名が向かい側で泣きそうな顔をしている。


「もう少しだけ、待っていてくれるかい?」
『うん、待つよ』


名の前に立てた小指を差し出す。
指切りなんて幼稚すぎるかな。


『ただ、待たされるだけは嫌かな』


名の折れそうな細い小指が俺の小指と絡まる。


「そうだね。お互い、知っているようで知らないことが多いみたいだ」


立海に入って、滅多に顔を合わせていないことにとても後悔した。
駅で倒れた時に、死ぬ間際にあの子の顔が見たいと強く願った。

病室に駆け込んできた名は大人の女性に確実に近付いていて、やつれた俺がどう映ったのだろうか。
数年越しの再会。昔と変わらない温かな両手にもう一度恋をした。


「好きだ、名」
『わたしも。ずっと、ずっと好き』


絡めた小指を辿って、食卓を挟み、まぶたを伏せ軽く噤んだ柔らかな唇が待つ彼女の顔に近付く。


「お兄ちゃん!」


ドサリと重い布のような物が落ちると音、妹の叫びに振り向く。


『あっ……』
「やってくれたな」
「ふふ、続けて」


顔を真っ赤にした妹の目を後ろから母さんが覆い隠し、静かに微笑んでいた。


『あの、カレーがあるので、よろしかったら』
「そう?いただきましょうか」


キッチンへ逃げていった、名を見送ってから母さんと妹を睨む。あとから入ってきた父さんは何のことやら。