「幸村先輩、ちょっと肥ったッスよね」
「えっ」


思わず顎を触った。
そんなことはないと思いつつも、そうかもしれないと危機感を覚える。


「無理もないだろう、毎日美味い飯をたらふく食べていれば」
「美味いッスもんね、名さんのご飯」


今日は体重計にでも乗ってみようか。


あのバイト以降、名はお弁当を作ってくれる。
1日も欠かさず、手を抜くことはない。本人は適当って言っても、特製チキンライスのオムライスは充分栄養価を考えられている。


以前、花見をレギュラー揃って行った時に、名はお弁当とおはぎをこしらえてきたのだけど、完全に胃袋を掴まれていた。
少食の仁王さえも箸が進んでいた。

にこにこしている名に免じて何も言わなかったけど、滅多に食べられるものじゃないから大切に食えよ。
元々は俺のために作ったものなんだから。
何様って、旦那様だ。


今は部活に明け暮れ、昼しか名のご飯を食べないけれど、いつかテニスを辞めて、名が毎食ご飯を作ってくれるようになったら肥る。


それに喧嘩をした時が厄介だ。
この間、デートの約束をしていた日に練習試合が入り流れた時だ。
よほど楽しみにしていたのか、珍しく腹を立てていた。


『せーちゃん、お弁当と差し入れです』


まだ頬を膨らませたままの名がお弁当と何やら大きな紙袋を突き出してきた。
甘い匂いがする。おやつ?


「ありがとう。許してくれた?」
『許しません。ぷんぷんですよ!』


怒っていても律儀に作ってくれたお弁当に針でも入っていないか不安になる。


「で、この紙袋は何?」
『マカロンです。レモンジャムたっぷり挟み込んでやりました。さくさくですよ。たくさん作ったのでみなさんでどうぞ』


よそよそしく早口で敬語を話す名。
この子はストレス発散におやつを作るらしい。
部活後に軽く食べられるかつ、さっぱりした味を選んだあたり、気遣いができる。


「そういえば、宝塚のチケットをペアで懸賞で貰ったんだけど行かない?」
『……』
「母さんにあげようかな。ペアなのに俺一人もな」
『……』
「やっぱり、舞台好きの女の子と行こうかな」


ちらりと名を見れば、切なげに眉を下げて、わたしとは行かないのと言わんばかりに目を潤ませて俺を見ていた。
かわいい。意地悪楽しい。壁に頭をぶつけたい。


「名以外とは行かないから、機嫌直して」
『うん』


その日のお弁当も手が込んでいて、当然針も入ってるわけなく、怒らせると名の時間を奪うことがわかった。
マカロンも部員全員に配っても余裕があるくらいで、これをいつか罰として一人で消費する日が来るかと思うと普通に怖い。


「本当、運動辞めたらどうなるんだろう」
「丸井先輩とウエスト対決ッスかね」
「卒業したら一緒に住むのだろう。見ものだな」


蓮二も赤也も洒落になってないよ。