「ただいま」
『おかえりなさい!』


ひょこりと廊下の向こうから顔を覗かせた名。可愛すぎて、心臓がありえないくらい縮んだ。


「今日の晩御飯はなんだい?」
『ハンバーグです!今から焼くから、先にシャワーに行ってて』
「了解」


幸村、汗臭かったな。近付いてきた瞬間まとってた空気が暑かったし、部活頑張ったんだな。
シンクに空のお弁当箱が水に浸かっていた。綺麗に食べてくれたんだね、嬉しい。


「美味しい!」
『ありがとう』
「名は本当、料理が上手になったね。毎日食べられたら幸せだな」
『やだなぁ、せーちゃんってば。おばさまのご飯も美味しいじゃない』


それに毎日これだけ張りきれないしね。
それにしても今日のハンバーグは美味しくできてる。
お肉屋さんに幸村のご飯の作ってるって話をしたら、もうそんな年になったかと感激されてしまった。


「あのさ、名」
『ん?何か苦手なのあった?』
「そうじゃなくて、せーちゃんってまた呼んでくれないかい?」


妙に真剣に可愛いことを言うから、思わず頬が緩んだ。
わたしの顔を見てせーちゃんは口をへの字に曲げた。


『嫌じゃない?わたしたちもう17だよ?』
「嫌じゃない。家族みたいにそばにいるんだから幸村なんて呼ばれることの方がよそよそしくて俺は嫌だ」


フンと鼻を鳴らしたせーちゃんは、子供みたいに腕を組んでそっぽを向いた。少し膨れた頬を指で突く。
より一層不機嫌になった。ごめん。


『せーちゃん、学校でもそう呼んでいいかな?』
「呼ばなかったら無視するから」
『ひどい……』


冗談かと思えば本気みたいで、周りからすれば突然仲良くなったみたいな感じなのかな。
せーちゃんはモテるから、好奇の眼差しを向けてくるよ。
せーちゃんがわたしのことを名前で呼ぶだけで結構不思議そうな視線を受けたのに。


今日もせーちゃんはご飯を残すことなく平らげてくれた。
食器を洗いながら、家族以外に手料理を振る舞う機会なんて今までなかったなと、ふと将来について考える。
料理が好きだから調理師免許くらいはとって、お店なり給食センターみたいなところで働きたいなとは思っている。
でも、あくまで趣味の範疇なんだよな、今やっていることは。


『ねぇ、せーちゃん』


カシャッ。


「あ」


携帯をわたしに向けて切られたシャッター。
泡まみれの手を洗い流して、エプロンで拭ってソファに座るせーちゃんに駆け寄る。


『消すのです』
「嫌」


携帯を奪い取ろうにも、簡単にかわされる。


「あはは、本当に猫みたい」


立ち上がったせーちゃんの手に握られた携帯に飛びつけば、右手から左手へ、背中へ。手が届きそうってところでまた別のところへ。
追いかける姿が猫みたいと笑われる。
散々遊ばれて、敵わないと察したわたしはキッチンに戻った。

なんで気の抜けた顔の時に撮っちゃうかなー。


「ふふっ」


昨日からこっそり撮っている名の写真。本人には絶対見せられないな。
パスワードを掛けたフォルダに入れてると本当に悪いことをしてる気分になる。
名が可愛いのが罪であって、俺は被害者だ。
別に着替えとか、お風呂を覗いたわけじゃないし、寝顔のツーショットとか、家事をしてる姿だけだから。
心の中で言い訳してるあたり、犯罪を自覚してるな。変態かよ、俺は。