「なー、やぎゅー、寄り道していかね?」
「こら、丸井君寄り道はダメですよ……も、中学まででしたね」
「うめぇ甘味処があんの。な、な?いいだろ?」


高等部の校則に寄り道に関しての項目はない。丸井君に頼み込まれても断る理由がないのだ。
それに、夏季限定のところてんが美味しいという一押しに迷いが生まれる。丸井君の美味しいは絶対だから。


「きたぜぃ!」


大通りに面しておらず、木造の戦後あたりに建てられた住宅街の車も入れないくらいの狭い道にひっそりとその甘味処というより、和菓子屋に茶屋を併設したという感じでしょうか。昔から姿を変えずに佇んでいるであろう建物に案内された。

暖簾をくぐり、涼しい店内には男性客が多く、カキ氷やみつ豆を口にしていた。
丸井君が声をかけたのは浴衣にフリルのエプロンをしたポニーテールの可愛らしい店員さん。やけに馴れ馴れしく常連なのだろうか。


『いらっしゃい。ブンちゃん、と?』
「部活仲間。柳生って言うんだ。こいつは姓。小学校の同級生」
「初めまして。柳生比呂士と申します」
『姓名です』


案内された席でお互い頭を下げる。
ごゆっくりと彼女は言い残し、店の奥へ消えていった。


「甘味処なのに、男性が多いお店なんですね」
「違う違う。名目的」


冷えた緑茶の入ったグラスの乗ったお盆を持って店内に戻ってきた姓さんは、わたしたちのテーブルにグラスを置いた後、結露のついた急須を持って店内を回る。
彼女が座席に来る前に慌ててグラスを空にして待つ男性客。なるほど。
営業用ってわけでもなさそうな笑みを浮かべてお茶を注ぎ、男性客はデレデレと鼻の下を伸ばす。可哀想にも見えてきますね。


丸井君がここに来る前にメールで姓さんに注文を伝えていたらしく、すぐにところてんは運ばれてきた。
4皿もガラスの器に入ったところてんが運ばれてきて、丸井君はよく食べると思っていたら2皿は私のものらしい。黒蜜と三杯酢。どちらも楽しめということでしょうか。


「美味しい」
「だろぃ?」
『なーにブンちゃんがドヤッてるの』


コツンと漆塗り風のお盆で丸井君の頭を叩いた姓さん。随分と仲が良いみたいですね。


やはり、丸井君おすすめの料理が不味いはずがない。
なめらかな舌触りと、喉を滑り落ちていく気持ちの良さ。三杯酢も黒蜜も絶妙で、丸井君のように飲むように食べはしませんが、飲み物であるかの錯覚を覚えます。
夕食前だというのに、軽く平らげてしまった。


「去年の合同学園祭であんこの講習受けただろ?それ、ここのじいちゃんよ」
「跡部君も認める味ですか!」


実行委員さんや柳君の物覚えや手際の良さで大量生産に成功したあんこ。それも、見守ってくれたあのお爺さんのお陰もあったが、この店の方だったのか。


「名〜、もっと!」
『えぇ〜』


丸井君は和菓子を買いに来たお婆さんとショーケース越しに会話をしている姓さんにおかわりをねだる。

わかりますよ、丸井君。私ももっと食べたいです。ですが、夕食があるんです。

テキパキと仕事をしている姓さんの後ろ姿を見つめる。体を動かす度に揺れるポニーテールが可愛らしい。
確かに、味で通うのではなく、姓さん目的で通う理由もわからなくもない。


『もう!待ってて、後で持ってくるから。柳生くんは?』
「やりぃ!」
「私は遠慮しておきます」


退店する客とにこやかに会話をしている彼女をジッと見つめる。


「柳生、名が気になる?」
「えっ」
「ずっと見てるしな」


照れ隠しに眼鏡を押し上げた。
にんまりと丸井君は目や口を歪めた。


「姓は見ての通りだし?高校が違うから知らねぇけどモテるんじゃね」
「ま、丸井君」
「俺は応援するぜ。幸村くんとか真田とか赤也とか仁王とか恋人がいるし羨ましいんだろぃ?」
「少々語弊がありますが、それなりには」


幸村君や赤也君のように見せつけるような恋人は要りませんが、私にもそんな方がいるといいなとは思います。
仁王君に関しては付き合っている認識はしていませんが。真田君のように両想いでいるのも羨ましいです。
丸井君や桑原君も浮ついた話を耳にしますね。柳君は読めませんが。

周りに流されて恋人を作るつもりはありませんが、少し姓さんは気になります。
私もこの店に通ってみましょうか。馬鹿にした男性客と変わりませんね。