姓さんはのれんを片付け、空いたテーブルをふきんで拭いていた。
18時。もう閉店時間なのか。
私もと立ち上がれば、丸井君に席に戻された。
『新作だよ〜』
一般客も退店し、二人取り残された店内に姓さんはお盆に和菓子を乗せて奥から戻ってきた。
待ってましたと丸井君は目を輝かせた。
『はちみつレモンの水饅頭と、塩トマト寒天です』
「お前、時々迷走するよな」
『えぇ……』
見た目は夏らしく涼やかです。はちみつレモンは想像がつくのですが、塩トマトはどうなんでしょう。甘いのでしょうか。
丸井君は大きな口で一口。水饅頭を頬張る。私も男らしくそういきたいところですが、半分ほどかじる。
レモンピール入りのはちみつのジュレが中に入っていて、爽やかなレモンの香りから鼻に抜けていく。美味しいと伝えれば、彼女はニコッと笑った。
確かに巷で塩トマトはよく聞きます。和菓子となるとどうなのでしょう。
二人して恐る恐る口へ運ぶ。姓さんはお盆を胸に抱き、緊張をしている様子。
「美味い!」
「美味しいです」
これもまたさっぱりしていて、美味しい。甘露煮のトマトを寒天で包み、その上に細かな塩がかかっていたんですね。
一口サイズなのがとてもいい。
「これらはお店に出されるものなのですか?」
『出ても来年かな?単価とか生産のしやすさとか』
ああ、もう夏本番ですからね。今更、夏の新商品を出すわけにはいかないのでしょう。
一年かけて開発するんですね。それに関わっている姓さんはすごい方です。
聞くところによると、高校は製菓コースに進み日々勉強と調理実験の日々らしい。
和菓子作りなら誰にも負けないつもりでいたのだけれど、天才的になんでもこなせる同級生がいるらしい。その子に静かに闘志を燃やしながら、バイトに創作に忙しい日々を過ごしているようだ。
少し褒めすぎたらしく、姓さんは背中を丸め、胸にお盆を抱いていた。
『まだあるから持って帰って』
「サンキュ。あと廃棄になるやつもくれ」
『はいはい。柳生くんは?』
丸井君の図々しさも小学校からなのか、慣れた手つきで惣菜用の透明のプラスチック容器にはちみつレモン水饅頭と塩トマト寒天を家族分詰め、ショーケースに残る大福や団子を別の容器に詰めた。
「私は……」
「堅いこと言うなって。食べられずに棄てられていく大福がかわいそうだろぃ?」
「……そうですね、いただきます」
試食とはいえ、一度に沢山できてしまうものなんですね。私の家族分入れられた水饅頭と寒天。それと同じ数なだけの饅頭やおはぎ。ついでにわらび餅まで頂いてしまいました。
すっかり空になったショーケース。
この時期、カビや気温のせいで傷みやすい上に、あんこのお菓子は売れづらくて製造数を減らしても僅かに残ってしまうらしい。
カビが生えるってことはおそらく無添加なんでしょうね。
「お代は」
『ん?いいよ。今度お客さんが来るときにでもお茶請けに買いに来てくれたら』
「ですが」
『うちさ、このご時世なのにホームページとか持ってなくてさ、お得意様と口コミが命なの』
また買いに来てと、彼女は店先から手を振っていた。
「いい奴だろ?」
「丸井君は図々しすぎますよ」
ずしりと重い紙袋を片手に、夏至はひと月ほど前に過ぎたが、まだ薄明るい空の下、駅へ向かう。
昨年の合同学園祭の時に、妹もあのあんこの味を気に入っていたから、多分ここのお菓子は大好きなはず。
すっかり夕飯に遅れてしまい、母の機嫌を損ねていたが、お菓子のおかげですぐに上機嫌になった。
好評だったはちみつレモン水饅頭と塩トマト寒天。店頭に並んで欲しいですね。