今日も部活疲れたな。それになんだか体がだるい気がする。全国大会が終わってちょっと気が緩んでるのかな。
真田から平手打ちを喰らわないようにしっかりしなくては。俺がこれから立海を三連覇に導かなくてはいけないのだから。


閑静な夕方の住宅街。昼の時間も随分と短くなって、まだ5時だというのに随分紅いアスファルトに長い影を伸ばしている。
そんな感傷的になってしまいそうな街に悲痛な叫びが耳に届いた。

その叫びの元に駆け寄れば一匹の黒猫が数羽のカラスに襲われていた。
黒猫は随分と痛めつけられているようで、うずくまりながらも必死に抵抗を続けている。
多勢に無勢で、一羽を牽制したところで、別のカラスが猫の背中を突く。

今俺が駆け寄れば、俺も襲われかねない。ラケットバッグからラケットとボールを取り出しサーブを打ち出す。
当てるつもりはない。追い払うだけなら簡単に狙える。

俺のサーブに驚いたカラスは飛び立ち、その間に黒猫を救い出す。抱えたまま家まで持ち帰る。
カラスは追ってきていない。


「大丈夫かい?」


大きな金色の目が縋るように俺を見ている。この金色の目を狙われたのだろう。
大きな怪我はないみたいだ。体力が落ちていたところを襲われてしまったのだろう。
とりあえず元気になるまで家に居てもらおうかな。事情をきちんと説明すれば、一時的に家に置けるだろう。

抱っこしたままリビングに入れば、母さんに驚かれてしまったけれど、とりあえずお風呂に入れてこいとのこと。
ペット用のシャンプーとかないけど、大丈夫かな。


「平気?」


猫は水が嫌いと聞いていたけれど、随分大人しく洗われている。
とりあえず人間用のシャンプーだけれど、匂いとか成分とか大丈夫なのかな。

シャワーで泡をきちんと洗い流して、タオルに包んでドライヤーをかける。綺麗になったふわふわの黒猫は、終始俺のことを見ていた。
洗っているときに気付いたけど、この子はメスのようだ。


洗濯カゴにブランケットを突っ込んで彼女の一時的な居場所とする。ミルクをやれば恐々と口にしていた。


次の日、動物病院につれていけば軽い熱中症と栄養失調だったらしい。
もう元気になったようなので庭に放つ。


「あ」


彼女が植木鉢と植木鉢の間に身を潜めようと間に入れば、目測見余ったのか植木鉢を倒していた。
彼女もそれに気付いたのかその場に座り込み、俺を見ていた。
恩を仇で返したな。このやろう。


その日の夜。寝付けずにいた満月の夜だ。
コンコンと窓を叩く音。何事かと身体をベッドから起こし窓へ向かう。
カーテンを開けば女の子が立っていた。
月明かりに照らされたツヤツヤの黒髪と同じく黒いワンピースを風に揺らしながら、大きな瞳が俺を見ていた。

え、何、不審者。

俺はカーテンを閉めた。


『あ、開けてください!怪しいものではないのですよ!』


小声ながらもしっかり俺の耳に届いた。
再び窓をノックされる。
コンコン。コンコン。にゃーにゃー。コツコツ。
にゃーにゃー?

カーテンを少し開けて外を見れば女の子の姿がなくなっていた。
それでもなお聞こえるノック。
カーテンを再び開ければ、足元に猫がいた。助けた黒猫だ。


『開けてくれました!』


頭一つ小さいさっきの女の子が姿を現した。


『わたしは昨日助けていただいた黒猫です』
「は?」


ぴょこんと現れた猫の耳と背中から覗いた尻尾。
夢かもしれない。

俺はカーテンを閉めることなく、ベッドに倒れこんだ。
無理に目を閉じたときに、遠くから女の子の声が聞こえていたけど無視して眠りについた。