開けっ放しのカーテンから差し込んできた陽射しに目を覚ます。
俺がカーテンを閉め忘れることなんてないから、昨夜の出来事は夢ではないのだろう。
『おはようございます!』
ひょこりと顔を出した女の子。寝ぼけてるんだ。
「ねぇ、君何者なの」
『昨日、いえ、一昨日助けていただいた黒猫です!』
彼女は目の前で猫に戻った後、また人の姿に戻った。
猫だってことは信じよう。
「妖怪なの?」
『はい。猫娘と一般的に言われています』
「目的は?」
『助けていただいた恩返しです』
「いらない」
『そんな!』
鶴の恩返しは聞いたことあるけど、猫の恩返しなんて。
彼女の顔からショックを隠しきれないというのが伝わってくる。
『何でもできますよ!わたしは命を助けていただいたので』
「そういうのお節介って言うんだよ」
『そんな……』
彼女は肩を落として、黒猫の姿に戻る。
『あなたのお願いを聞くまでわたしはここから離れません』
植木の足元でくるんと丸まった。本当に居座る気じゃないか。
部屋から庭へ出て彼女の前にしゃがみこみ、頭を撫でる。
「君、名前は?」
『ありません。名付けていただくまで』
「じゃあ、名」
名。最近読んだ小説の主人公。
鎌首を起こして、まん丸の目を更に丸くして、耳をピンと立てた。
そのあと少し悲しげな顔をした。
「俺は叶えてもらう願いはないから。自分で掴むから」
狙うは立海三連覇。誰かに頼って簡単に叶っては困る。
そうだと、名は猫のまま口を開いた。
黒猫の時は誰にでも見えるそうだ。人の姿のときは姿を隠し、俺以外の目に写らないようにすることができるらしい。
もちろん、その姿でも人前に晒すこともできるらしい。コミュニケーションも取ることができる。
妖怪とはいえ、なんでもありだな。
喉を撫でてやれば、ゴロゴロと鳴く。その辺りは猫なんだな。
『いつでも呼んでください。ささやかな願いでも結構です』
そう言って本格的に眠る体勢をとった名。
「またその姿だとカラスに襲われないかい?」
『あの時は彼らの縄張りに入っただけなので、もう大丈夫です』
「そう。水は?ごはんは?」
『妖怪ですのであまり必要ではないです。お魚は好きですよ。あの時は暑さに弱っていただけなので』
近年の異常気象と体毛のせいで熱中症になっていたのか。猫は汗をかかないし、犬のように口から排出もしないから体温調節が苦手と聞いたことがある。
炎天下のアスファルトを歩けば肉球も焼けてしまっているだろう。
俺の家の庭なら芝が生えているし、木陰もあるから涼しく過ごせるのだろう。
「でも、学校に行くから殆ど家にはいないけど」
『着いていきます!』
「いや、電車は」
『電車?猫はダメですか?』
「ケージに入らなきゃダメだよ」
『はえー、その辺りの決まり事は知りませんね……』
見た目は俺とそれほど変わらないとはいえ、妖怪な分俺よりも年を重ねている。だけれど、ここ数百年の一般常識は知らないのかもしれない。
多分、名の図々しさから着いてくるなと言っても着いてくるのだろう。
『大きなカバンの中とかに入ることができればいいんですけど』
「テニスバッグの中ならいいけど?」
『本当ですか!』
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺の足に擦り寄る。
ペット、いいかもしれないな。妖怪だけど。