『にゃーーー!』


学校に着いて真田に見つかる前にテニスバッグから名を外に出す。
猫の姿で学校に放てば、学校に住み着く雄猫に追い回され人の姿になっていた。
他の人に見えないのならその姿で過ごしていてもいいと思うけど。どうせ夏休みだから人もそんなにいないだろうし。


そのまま名を放って部活に励んだ。
その間どこで過ごしていたか知らないけれど、部活の終わる頃には部室の前で蜘蛛の巣を体に引っ付けて待っていた。
しゃがみこんで蜘蛛の巣を払ってやる。本当にどこにいたんだろう。枯葉や花粉みたいなものを引っ付けている。
帰ったら風呂に入れてやらないと。


『大変でした……』
「もう着いてこないことだね」
「おー?幸村くんと猫とか珍しい組み合わせだな」


丸井が俺の背後から俺の手の先にいる名を覗き込む。


「野良?」
「うーん、保護した?」
「なんでそんなに曖昧なんだよぃ」


するりと俺の手から離れ、丸井の足に擦り寄る。
パッと見て人懐っこい猫だよなぁ。丸井も本当の姿を見たら驚くのだろうか。


「これやるよ」


丸井はお菓子の包装のリボンを名の首に結んだ。エメラルドグリーンのサテンのリボン。
彼女には何が起こったのかわからないのか、首を後ろ足で触ったり、チラチラと視界の隅で動くリボンを追いかけてくるくると回った。


「幸村くんのヘアバンドとお揃いの色だな」
『わーい。ありがとうございます』


丸井にその声は届いていないのだろう。
何となくは伝わっているのか、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられていた。


着替えてくるから待ってろよと、名を外に置き去りにして部室へ入った。


『おおおお降ろして。高いの怖い』
「爪を立てるんじゃなか」


着替えて部室を出れば、先に着替えて部室を出ていた仁王に名は抱っこされていた。
仁王は甘えられていると思い優しい手つきで名を撫でているけれど、実際は高いところを怖がって落ちないようにがっしり爪を立てているだけ。
俺にだけ聞こえる声に思わず笑みがこぼれる。そっか、猫なのに高いところが苦手か。


「名を返してもらっていいかい?」
「ん?幸村のか」


俺の手に渡ってもガシリとサマーセーターに爪を引っ掛けて落ちないようにしがみついている。


『降ろしてぇ……』


何とも情けない声だ。下を見ないように俺の顔を少し涙の滲んだ目で見つめている。
猫相手とはいえ、加虐心がこみ上げてくる。
しばらくこのままにしておこう。これに懲りて学校に着いてこないことだな。


「む。精市その猫は」
「あ、見つかっちゃった。ラケットバッグに入って着いてきたんだ」


名を見るなり眉間に深く縦ジワが刻まれた。
取り敢えずこの高さに慣れたのか、彼女は俺の腕の中で尻尾をゆらゆらと揺らして睨みつける真田の顔を見ていた。


「悪く思うな」


真田は懐から何か取り出したと思えば、俺に何か投げつけた。
何これ、粉?もっと荒いな。塩か?


『に゛ゃっ!』


同じくそれを浴びた名は俺の腕の中で耳と尻尾が残ったまま人の姿になっていた。
それには仁王も部室から出てきたばかりの丸井も赤也も蓮二も驚いていた。
俺も真田が一目で見抜いたことに驚いた。


『ま、また弦一郎様に見抜かれるのですね』


身体に付いた塩を払う名。おそらく塩が触れた跡だろう。点々と赤くなっていた。
ぽつりと呟いたその一言を聞き逃さなかった。だけど、《また》という言葉の意味がわからなかった。
それに、名前をどうして知っているのだろうか。


「取り憑くならば他を当たれ」
「真田、俺は名に取り憑かれるほど弱っていない」
「擁護するな。すでに心が惹かれているのか?」


俺の腕の中から彼女を引っ張り出す。痛いと顔を歪めることなく、彼女は真田の前に立つ。


『わたしは精市様の力によりこの世に残り続ける妖怪になったのです。どうせ、わたしの命ももう間もなくです。禁忌ですが、全てお話いたします』


縦に細められた彼女の金の瞳の中の瞳孔がレギュラーを見渡す。


『精市様は14の冬を迎えることなく亡くなります。2000年より前から運命です』