名の言葉が到底理解できなかった。俺が15歳を迎えることなく死ぬだなんて。


『わたしとて、元は本物の猫でした。生前に出会った精市様の願いがあまりに強く現世に引き止められました。
その時の精市様は不治の病に苦しんでおりました。
魂が尽きるまでそばにいて欲しい。それが願いでした。

必ず13の秋に不治の病に倒れてしまうのです。もはや魂の運命です。精市様の生まれ変わりがこの世に現れるたびに看取ってまいりました。
しかし、今が最後の転生となります。亡くなれば極楽へ向かいます。願いは成就され、わたしは呪縛から解かれ輪廻の輪に戻ります』
「ふざけるな!」


俺よりも怒りに震えていたのは真田だった。金属のロッカーを殴りつけたことに驚きもせず、名はまた淡々と語り出した。


『神の子であった精市様はあなた方の魂さえも縛り付けています。転生するたびに皆様も精市様の傍にいらっしゃいました。
弦一郎様にまたと言ったのはそういうことです』
「俺たちも?」
『はい。赤也様は以前は精市様の弟様でした。ご友人であったり、父であったり、息子であったり。同じ名、同じ姿で傍らにいらっしゃいましたよ』


にこりと名は笑った。瞳孔は丸くなっていて、可愛らしい少女に戻っていた。


「ねぇ、それって覆らないの?」
『どうでしょうか。今わたしが話したことにより運命は捻じ曲がったかもしれません』


多分名が繰り返し過ごしてきた中で今がイレギュラーだ。運命だとすればこれが唯一の亀裂だろう。
どうしても運命から抗わねばいけない。俺には立海三連覇の願いがあるのだから。


それから名は、俺と接触しないけど常に傍にいると言って姿を消した。


気がつけば肌寒い季節になっていた。
夏頃から体調を崩しがちだったが、最近は咳が続く。
病院に行けば百日咳だと診断されただけで、熱とそれに伴う身体の怠さと付き合っていた。
これが名の言う不治の病だとしたら。……いや、ただの風邪だ。


目を覚ませば病室だった。
心配そうに覗き込む家族と、どこかこうなることを覚悟していたレギュラーの姿があった。運命った本当にあるんだね。


「名」


面会時間が過ぎても部屋の隅に佇む名を呼んだ。人の姿だから俺以外目は欺いている。
その姿のまま、彼女はベッドの隅に腰掛けた。


「俺の命、あとどのくらい?」
『わかりません。でも、1年以内です』
「そう」


丸井からもらったリボンが名の左手首に結ばれていた。


「そのリボン、貰っていい?」
『?どうぞ』
「ありがとう」


俺はすこしだけほつれたリボンをベッドに括り付けた。
なんだか名の物を傍に置いておきたかった。俺が死んだ時、一緒に燃やしてもらえるもの。
昔の俺は名と過ごすことを強く願った。魂のために彼女が最期まで傍らにいたという証拠が欲しかった。


「名は俺の運命を話したよね。それって禁忌なんだよね?」
『そうです。どういう罰を受けるのかわかりませんが、精市様がこの世から消えてしまうので、この世に留まる理由はないわたしにはどうってことありません』


なんて強い心なんだろう。俺はこんなに弱りかけているのに。
俺は名の頬に手を伸ばす。名も応えるようにその手にすり寄った。


『いつの時代もわたしに名という名を与えてくださいました。あなたとの別れは辛いです』


はらはらと名は泣き出した。涙が俺の手を濡らす。


『運命なんて書き変わればいいのに』


頬も涙も添えられた手も温かかった。
俺が名を引き止め、何度も苦しめた理由がわかった気がした。