「眠たそうだね」
『んー……』
「いいお昼寝スポットがあるよ」


暖かな日差しのせいか、いつにもなく眠気に襲われる。眠い目を擦りながらなんとか歩くが、今にも倒れ込んでしまいたい。

そんな時に誰かに声をかけられ、手を引かれるまま、お昼寝スポットとやらに連行される。
まぶたはもうすっかり降りてしまって、手を引く彼に身を委ねている。おぼつかない足取りで転んだり、人にぶつかったりしないだけマシである。


「さあ着いた」


急に立ち止まるから手を引く彼にぶつかってしまった。致し方ない。気にも留めない彼はクスクスと笑う。


薄目を開けて見れば、たどり着いた場所は校内の一画の木陰だった。
風通しも良さそうで、夕方になれば西日で目覚められそう。

早速、木の根元の芝の上にごろんと寝転がる。あ、もう最高だわ。


「こっちにおいで」
『んー……』
「ほら。膝枕してあげる」


さわさわと葉の擦れる音の中に、彼が木にもたれかかって座った気配がした。
けど、もうとっくに目を伏せて寝る体制に入ってしまったわたしは、寝返りや起き上がってまで彼の膝を借りるつもりはない。
ものぐさというか、自分の腕枕で十分なのだ。


「……じゃあ俺がそっちに行く」


くしゃりと芝を寝かせながら彼はわたしのすぐそばに腰を下ろした。そして強引にわたしの頭を持ち上げ、膝に落とした。
うう、痛い。硬い。苦しい。


彼は寝苦しそうに身をよじり唸るわたしを気に留めず、鼻歌を歌いながら自身が着用していた上着をわたしのお腹にかけた。


「おやすみ、姓」


鼻歌は子守唄になって、わたしの髪を撫で、ゆっくり意識を夢へ誘い込む。

温かくて、優しくて、心地の良い風に包まれて気が付けば眠っていた。


「あ!幸村ぶちょ……ってあれぇ?寝てるし。この女子、部長に膝枕して貰ってるし何者?」
「放っておきんしゃい」
「そーそー。知らぬが仏って言うだろい?」
「何っすかそれ」


すやすやと眠る二人にはその会話は聞こえておらず、身体に羽を休めた蝶を乗せて幸せそうにしている。
事情のわからない一人と何か知った様子の二人は、眠る二人に構うことなく通り過ぎていった。

人の気配が元より少ないこの場所は、通る人が皆彼らを気にする。
校内一の人気者の幸村精市が一人の女生徒に膝を貸し、彼女の胸に添えた手に手を重ね穏やかに眠っていれば、より好奇な視線を送るだろう。


「姓さん、姓さん起きて。夕方だよ」


揺すり起こされ、夕方という言葉に渋々瞼を持ち上げる。

ほんとだ。目に飛び込んでくる光が朱いや。


『え、誰』
「膝使っておいて?」
『ごめんなさい』
「ウソ。俺がこうした」


なんだそれ。

わたしは身体を起こしてお腹に掛かっていたおそらく彼のブレザーの埃を払い返却した。
その間、彼はわたしの背中についた枯れ草を払っていて、力加減をしてるつもりなのだろうけど、べちべちと痛かった。


『膝、貸してくれてありがとう』
「いつでも貸してあげるよ。君の膝も貸してね」
『いらないかな……』


すると彼はわざとらしく唇を尖らせた。そんな顔したって嫌なものは嫌。
硬いし高いし寝づらいし。
くすぐったそうな彼の髪をわたしの脚に乗せるのも嫌だ。


立ち上がりスカートについたホコリを払っていると彼の手が伸びてきたのでそれも払っておいた。
睨みつければ残念そうな顔をしたので、下心を親切心で包むなと言っておいた。


「またおいでよ。いい場所でしょ?」
『あなたがいなければ』
「うーん、残念」


手を振る彼に手を振り返すことなくその場を去り、のちのちに彼が幸村くんであることを知った。

あれ以降、彼はわたしを見かけると手を振り、話しかけるようになった。お昼寝スポットへ行けば幸村くんはひょっこり現れる。
そこで眠っていれば、肩を借りてたり、膝を借りてたり、姿は見えなくても彼の刺繍の入ったブレザーが掛けられていたり。嫌ではないけど、なんだか変な人だ。


「俺ねー、姓さんの寝顔見るの好き。……あ、ハンカチで顔隠さないでよ」


今日も無理矢理彼の膝を枕にして眠る。これが嫌ではない。最近のわたしも変なようだ。