「姓って今フリーだよね?」


生徒会室の隣の資料室で海原祭の資料を探していたときだった。
エアコンのない資料は埃っぽく長居に向いていない。せめてと、窓を開けて扉も開け放ち、風を通しをよくして参考になりそうなものをピックアップしていた。
その換気が良くなかったみたいで、悪い虫を引き寄せてしまった。

執行部以外の立ち入りは原則禁止している資料室にズカズカと入ってきた男子。あまり素行の良くない真田くんに目をつけられている井筒くん。

わたしは曖昧に笑みを浮かべて、井筒くんから次に紡がれる言葉は予想できている。


『ごめんなさい。それと出ていってもらえるかな』
「え、いいじゃん。どうせ姓って男取っ替え引っ替えしてるんしょ?」


無遠慮に近付いてくる彼から距離を取る。


「それとも彼氏作らずみんなセフレ的な?」
『とんでもない』


言いがかりだ。付き合ってられない。
わたしは彼の脇を走り抜けようとした。

上手くいくことなく、わたしは床に叩きつけられた。
わたしに跨り、両腕を床に押し付けられる。


『今なら問題としない。退きなさい』
「いいじゃん。一回くらいさ」


わたしは身体を捻ったり、力の限り抵抗する。何度もこんな風に勘違いして近付いてくる奴は沢山いた。
わたしを見下ろしニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。


「もっと大声で抵抗すればいいのに。期待してるんでしょ?」
『勘違いするな』


恐ろしく冷たい声が出た。わたしが大声を出さないのは優しさだ。最後のチャンスだ。
強姦未遂だ。わたしの言葉一つであなたの人生を左右することができる。それだけ教師に絶大は信頼を得て、それと同じく信頼されている友人を持っている。まず疑われることはない。
井筒くんの停学は免れない。


「あんた何やってんスか!」


また別の男子生徒が資料室に乗り込んできて、わたしの上にいた井筒を投げ飛ばした。
床に打ち付けられた井筒を蹴り飛ばそうとした彼に飛びついて引き離す。


「何すんだよ!」
『切原くん!今ここで彼を殴れば全国大会に出られなくなる!』


君の過剰な暴力で幸村くんたちを引退に導いてどうする。
切原くんの真っ赤になった目から色が引いていく。


「あんたはいいのかよ」
『何もされてないから大丈夫。ありがとう』


背中を押さえながら身体を起こした井筒くんは切原くんを睨みつける。


『井筒くん、切原くんの暴力もあって不問とします。立ち去りなさい』
「チッ……。クソビッチが」
「今、何つった」
『切原くん』


わたしは切原くんの腕を強く握って、怒りに震え、掴みかかりそうな彼を宥める。
井筒くんは資料室を無言で出ていく。その後ろ姿を切原くんはずっと睨みつけていた。


「まぁ、会長が許しても真田が許さないと思うけどね」


資料室の扉には最近部活に復帰した幸村くんがもたれかかっていた。おおよそ、一部始終見ていたのだろう。
多分、真田くんもすぐそばにいる。

井筒くんが出て行ったあと、乾いた音が人気のない廊下に響き渡った。
真田くんの裏拳でも飛んだのであろう。目撃と現立海附属中の風物詩のため、暴力とはせず目を瞑った。


「危なかったね、姓。蓮二を呼びに来て正解だった」
『ありがとう。だけど、部費を増やしたりはしないから』
「残念。蓮二と副会長は拝借していくね」
『鬼か。副会長は置いてけ』


幸村くんもひらひらと手を振って隣の生徒会室へ向かった。
全国大会間近。柳くんには部活優先をお願いしているのだけれど、仲間はずれはいけないと時々覗きに来てくれる。
その好意は大変ありがたいのだけれど、副会長目当てで覗きくる幸村くんに静かに睨まれるのだ。勘弁。


「名さんはもっと厳しくしていいと思います」
『はは、キャラじゃないな』


わたしは少しだけ背の高い切原くんの頭を撫でた。唇を尖らせて、うつむき気味にどこかを見ている。
可愛いと目を細めてしまう。それを見て切原くんは一層機嫌を悪くする。


『ありがとう、わたしのために怒ってくれて』
「当然ッスから」


鼻を鳴らして、資料室を出て行った切原くん。後ろ姿から見えた耳がほんの少しだけ紅くなっていたことは黙っておこう。