「幸村くんのシーブリーズは……」
「丸井くんのはね……」
「見て見て、仁王くんとお揃いにしちゃった」


『って、話してたの聞いたんだけど、みんな大変だね』


体育の後の更衣室での会話だった。
憧れのテニス部員と同じ制汗剤の香りをまとって大喜びしていた。

まぁ、そのせいで更衣室は汗臭くはないけど、シトラスやらフローラルやら石鹸やらミントやらでかなり臭い。


何でもそうなんだけど、テニス部員とお揃いにしたがるらしい女子は、柳張りに情報の収集と女子特有の情報共有の速さに驚く。


幸村は苦笑いをした。


『でも、よく匂い被らないね』


耳に入った香りではレギュラーメンバーがみんなバラバラの香りを選んでいた。
敢えて揃わないようにしてるのだろうけど、それぞれしっくりする香りだから驚いた。
それ以上に、真田も使ってることに驚くけど。
丸井はベリーの香りらしくて納得だ。


「仁王は違うけどね」
『え、そうなの?』
「あいつは無香料のシートだよ。俺らの勝手に拝借したりするし、嘘吐いたりするしね」
『なるほど、ペテン師だね』


仁王自身、香水を付けてたり、汗をかくこと自体苦手みたいだから匂いのついた制汗剤は必要ないのか。


『みんな何で揃えたがるんだろうね』
「あれでしょ、好きな人の匂いに包まれる感じがいいんでしょ」
『クッション抱えてバタバタしちゃうやつだ』


そんな乙女全開みたいなことわたしには無縁だな。


「名は付けてないの?そういうの」
『わたしもシートだよ。無香料の』


昔はシーブリーズを使っていたけど、一度カバンに溢れていてそれ以降は使っていない。
スプレーは汗が引いた感じがしないしね。


幸村は何度か瞬きをしてから、わたしに鼻を近づけた。
びっくりして後ろに身体を反らせたけど、胸ぐらを掴まれて、引き寄せられた。


「いつも思ってたけど、いい匂いするのはなんで?」
『柔軟剤とかじゃない?あと、石鹸?』


誕生日に貰った香りの強い石鹸。
洗ってる時はむせかえるくらいだけど、一日中肌からいい匂いがする。


幸村の肩を押し返す。
それでもなお顔を寄せて、匂いを嗅ぐからくすぐったい。

至近距離だからふわっと幸村の匂いが鼻をくすぐる。
あれ?聞いた話では幸村はシトラスらしいけど、柑橘系の匂いじゃない。
だけど爽やかな匂いだな。夏らしい。


『りんご?』


そうだ、サイダーの匂いだ。


「当たり。変えてみたんだ、どう?」
『うん。いい匂い好き』
「名も使う?」


カバンから取り出した制汗剤はあまり見たことがないものだった。
黄緑色のボトルに入った液体を幸村は少しだけ手に乗せ、手に広げたあと、わたしの首に塗りつけた。

思った以上にメンソールが入っているのか、塗ったそばから凍てつくように冷たかった。
汗をかいてるわけでもなく、火照っているわけでもないから、余計に背筋がまっすぐに伸びた。

スッとする清涼感のある香りの向こうに、リンゴの甘い香りがする。


「首なんて触らせちゃダメだろ」
『いやいや、勝手にするからさ』


幸村はクスクスと笑った。


「俺とお揃い」


変えたって言ったから、女子がこぞって付けたシトラスの香りではないんだな。
お揃いという言葉に体温が上がった気がした。
首だけ涼しくてなんだか変な感じだ。


「名もこれからこれを使いなよ。こっそりね」


僅かに使われたそれを受け取る。
ちゃんと商品名覚えておこう。


『幸村、今日はもう使わないの?』
「休みだしね」
『へぇ、ありがとう』


スクリューキャップの蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
やっぱりこのリンゴの香り大好きだな。
好みの匂いにめぐり合わせてくれた幸村には感謝だ。