『海だー!』
両足で波打ち際に着水する。柔らかな砂が足を受け止める。
目に焼きつく空と海の青に眩暈がする。
「転ぶぞ」
『転んで濡れたって水着着てるもん!』
跡部に海に行きたいと言えば、プロペラ機を飛ばしてどこかの離島に連れてきてくれた。
人もいない、どこまでも海底が見えるくらいの海。
こんな場所日本にあるんだなー。さすが跡部だ。なんでも知ってる。
湘南の海は人ばっかりで海なんて楽しめない。
さざ波の音と、海鳥の鳴き声と、滅多に通らない車のエンジン音だけで、とても静かだ。
『プライベートビーチなの?』
「お前そういうの嫌いだろ。ただの海水浴場だ」
『穴場だ!』
跡部も逆ナンで寄り付く女の人もいないから、わたしを追いかけて海に足を浸した。
こうやってはしゃぐ姿はあまり見たことないな。
なんでも頂点を目指す、誰よりも努力をして、誰よりも努力を悟られないように振る舞う人だから、人目を気にせず羽を伸ばすこともないのだろう。
「急に深くなるから気をつけろよ」
『おわっ!』
「ほらな」
窪んだところが箇所があったらしく、足元をすくわれ、頭まで海に沈む。
澄んだ水にわたしが立てた泡がキラキラと輝いた。
その中に伸びてきた跡部の手に腕を掴まれ引き上げられる。
『すっごく水綺麗だった!』
「よかったな」
『ありがとう、跡部!』
引き上げられたまま、抱き寄せられていることに気付く。
お互いにパーカーを羽織っているけど、水着に変わらないから急に恥ずかしくなった。
どこに手を置いていいやらわからなくてあてもなく彷徨わせている様に跡部は鼻で笑う。
「無邪気な女だな」
海水で額に張り付いた髪を払いそこにキスをした。
しょっぱい。当たり前だ、バカ。
「気に入ったか、この場所」
『うん。とっても』
「じゃあ、リゾート開発はボツだな」
『え?』
聞き返せば、次のリゾート開発の候補地にここが上がっているらしい。
こんな素敵なところみんなと共有したい反面、静かに地元の人に愛される場所であってほしい。
ホテルが建つことで地元への還元もあるだろう。
それに世界遺産やヒットした映画のモデルにもなったような場所。
宿泊する場所を第一に考えなければより人も寄り付かないだろう。
「俺と名の思い出の場所だ。誰にも荒らされたくねぇ」
『あ、とべ……』
「来年も、再来年も、だ。何度でも来よう。誰のものでもない、思い出は俺たちだけのこの場所に」