「あー、おったおった」


大型の本屋にようやく探していた小説を見つけて、喜びから少し早足で駅に向かっていた時だった。
わたしの前から人の波をぬって現れる見知った男子。


『財ぜ……光くん!』


わたしは手を振って彼に応える。歩道の脇で立ち止まり、彼と合流する。


「タワレコは茶屋町じゃなくて丸ビルやって言ったやん」
『ごめーん』
「ほな、俺、ツレがおるんで」
「ホンマやったんや。なーんだ」


引っ付いていて後ろから来ていたギャルに財前はひらひらと手を振り、わたしの肩を叩いて歩き始めた。
わたしも彼女に軽く会釈する。つまらないと顔をした彼女は人混みに消えていった。


「助かったわ」
『いえいえ。イケメンは大変やな』


ギャルの姿が見えなくなると少し二人の間に距離をつけた。


わたしと財前は部活仲間だ。マネージャーと白石先輩から引き継いだ部長という関係。
だからこれといって、恋人だとか想い人だとかそういう感情もない。


財前がわたしを見つけたときに、アイコンタクトでうざい奴がおると伝えてきたので、特別親しいフリをした。
光くんなんて絶対に呼ばない。キモいと言われるのも目に見えている。


合流してしまったため、なんとなく別れづらくて財前の隣をなんとなく歩く。
財前もいつもみたいにすたすたと前を歩いていってしまえばいいのに、猫背でわたしの歩幅に合わせて歩いている。

普段の彼と比べると不思議で財前の顔をジッと見てしまう。その視線に気付いたのか、彼はこちらを見た。


「どこ行ってたん」
『本屋さん。財前は?』
「タワレコに行くとこ」


ああ、タワレコに向かう途中でギャルに捕まったんだな。
すぐそこの建物を指差して、茶屋町?と聞けば、丸ビルと返ってきた。
じゃあ、今から向かう先は逆方向なんだけど。


「あー、寄り道してええか?」
『ええよ』
「ん」


わたしの手首を掴んで、少し速く歩き始めた。
どこへ向かうのだろう。

高架を潜り、高層ビルの立ち並ぶビジネス街とショッピング街がゴチャゴチャと入り混ざった繁華街を抜け、まだ長屋の残る背の低い住宅街を進む。
変わった雑貨や隠れ家的なカフェが所々にある静かな所。


「ここ」
『ここ?』


立ち止まったのは一軒の長屋の前。とても何かのお店には見えない。
財前の知り合いの家なのだろうか。

インターフォンもなしに引き戸を開け、わたしも手を引かれ中に入る。


やっぱり中はカフェのようで、畳の上にいくつものちゃぶ台と座布団が並んでいた。
ほうじ茶の香りに混じり、い草のいい匂いがした。


「いらっしゃいませ。今日はお友達さんと来たんやね」
『こ、こんにちは』


穏やかそうな中年女性。
今日はってことは、時々一人でここに訪れているのだろう。顔も覚えられるくらいに。


「いつもの。……と、姓は餡子イケた?」
『平気。寧ろ好きなくらい』
「じゃ、2つで」


座敷の一つに二人で向かい合って座る。
携帯電話を弄りだしたのはいつものことだが、何故か違和感がある。
こんなこと後で金ちゃんに話せば羨ましがるし、忍足先輩や小春先輩は冷やかすだろうな。


「どないしたん」
『や、よぉこんな店知ってんなぁって』
「ブログに載っとった」


こういう静かなお店ばかり見つけてはブログを書いてる人もいるんだな。
ブログに載せられても、外観が民家すぎて本当に此処かどうかはわからないな。
その分知る人ぞ知るお店なんだろうけど。


店内にカフェ特有の音楽が鳴ってるわけではなく、すぐそこにバイパスもあるというのに静かなところだ。時折、吹き抜ける風に捲れた紙の音や食器がぶつかる音だけ。


「お待たせしました。白玉ぜんざい2つ」
『わぁ!』
「どうも」


カラフルな白玉とフルーツが餡子の海に浮かんでいる。これはブログに上げたくなるわ。
スプーンを持って口に運ぶ。


『美味しい〜』


餡子は程よく甘くて、白玉もほんのり果物の香りが付いていて、思わず頬が綻ぶ。


「デブへの一歩」


カシャリと財前の携帯電話が鳴る。


『誘ったのは財前やん』
「せやっけ。まぁええわ。いただきます」


傍に携帯電話を置いて財前もぜんざいに手をつけた。
このお店のぜんざいを相当お気に入りなのか、今にも鼻歌を歌いだしそうなくらい上機嫌だ。


「なぁ、姓」
『なん?』
「さっきみたいに光って呼んでええで。俺も名って呼んだる」
『え?は?どうしたん、キモい』


あまりのらしくない発言に間抜けな顔を晒してしまう。
気に食わないのか、頬杖をついた財前の眉間にシワが寄る。


「もう仲良うしてたって茶化す人らおらんし、ええやろ」


よくわからない。茶化すだとか、仲良くだとか、突然名前で呼び合うだとか。


「タワレコ行こか、名」
『待ってお金』
「いらん。また出かけた時に奢って」
『わかった』


カバンから財布を取り出す前に財前が伝票を攫って会計を済ませてしまった。
わたしはあの白玉ぜんざいの値段を知らない。いくら払って、いくらお釣りが返ってきたのかも見せてくれなかった。

せいぜい7、800円といったところだろうけど中学生にそれは大きな痛手だと思う。ケチくさいかも知れないけどわたしはさすがに渋る。

大人しく奢られたけれど、また財前と出かける機会があるのだろうか。


「行くで、ほら」
『ちょっ』


今度は肩に手を置かれることもなく、手首を掴まれることもなく、手をしっかりと握られてしまった。
痛くはないけれど、すり抜けることができないくらいにしっかりと。

わたしは折角買った本がまだ読めないらしい。