『にゃーん』
「にゃー」
校舎裏にやってくる白猫。
野良だから人馴れしてないかなって思ったけど、呼べば足元にすり寄ってきてくれる。
おやつをあげるのはダメ。
いつか会えなくなった時のことを考えると、飼えもしないのにご飯をあげるのはかわいそうなことになる。
こうやって撫でて抱っこしてあげるだけ。
『あれ?虫にやられちゃったのかにゃ?』
鼻の頭が少し腫れている。
蚊かなぁ。野良だから予防接種もしてないだろうし、病気にならないといいけど。
「名ちゃんもやられるよ」
『ほあ!』
後ろから声をかけられて、わたしの声が彼の登場にびっくりした猫が腕から飛び出した。
『長太郎くんか、びっくりしたなぁ』
「ごめんね」
クラスメイトの長太郎くん。
掃除に来たのか箒を持っている。
茂みからじっと猫が様子を見ている。
大きな長太郎くんにびっくりしてるのか目を丸くしている。
『にゃーん』
わたしはしゃがんで猫を呼ぶ。
鳳くんも箒を置いて、わたしの隣にしゃがみこむ。
そろそろと茂みから出てきて、私の膝に乗る。
かわいいなぁ。
いつ触ってもふわふわ。
本当は飼い猫なんじゃないかな、君。
アニマルセラピーってやつかな。
撫でていると自然と笑みがこぼれる。
『長太郎くんも触るかにゃ?』
猫を抱きかかえて長太郎くんに差し出す。
きょとんとしている。
もしかして、猫は苦手だったのかな?
「かわいい」
『だよねぇ』
「いや、名ちゃんが」
伸ばした手で猫を触ると思えばわたしの頭を撫でた。
『な、なんで』
「だってさ、中二になってまでにゃーにゃーって」
クスクスと笑われた。
普段は誰も見てないから無意識に猫を前ににゃーにゃー言ってたけど、そうだよね、中二になってまではイタいよね。
わたしは猫を胸に抱く。
「なんか名ちゃんってそういう一面もあるんだなって」
『どういう』
「ほら、教室じゃあんまりふざけたりしないでしょ?だから、そういうのが苦手なのかなって」
長太郎くんは周りをよく見てるな。
今回はふざけてるとかじゃなくて、割と真面目に話しかけてるけど。
なんだか猫を前にすると勝手に猫語みたいなのが出ちゃうんだよ。
『ところで、ずっと頭を撫でてるけど』
「嫌だった?なんか撫でやすくて」
『嫌じゃないけど』
どちらかといえば、長太郎くんのほうが撫でやすい、犬的な何かを持ってる気がするんだけど。
思ってることは胸の中に隠しておく。
それに、撫でられて悪い気分ではない。
「けど?」
『掃除はいいのかなって』
「ハッ!忘れてた」
箒を持って長太郎くんは立ち上がる。
急な動きにびっくりして、猫がまた腕の中から飛び出していった。
今度は走って茂みの向こうへ逃げて行ってしまった。
長太郎くんは残念というか、申し訳ないといった感じに眉を八の字にした。
『毎日来るから気にしないで。また明日』
「撫でそびれたから俺も明日来る。いいかな?」
『いいんじゃないかな?』
わたしなんか撫でずに猫を撫でればいいのに。
なんだか長太郎くんの行動が不思議で今更だけど笑った。
突然笑ったわたしに、わからないと不思議そうな顔で見つめる長太郎くん。
『掃除手伝うよ。部活あるんでしょ?』
「あるけど、なんだか悪いよ」
『いいの、いいの。頭を撫でてくれたお礼で』
なにそれって顔をしている。
長太郎くんはすぐ顔に出るからずいぶん人に可愛がられてきたんだろうな。
身体は大きいけど、穏やかな雰囲気とか気遣いとかで、すぐ人の心に入ってくるんだろうな。
長太郎くんが箒で掃いて、わたしがちりとりを押さえる。
「ねぇ、名ちゃん。人の頭を撫でたり髪を触るのってセックスより段階が上って説知ってる」
『セッ……!えぇ!?』
突然何を言い出すかと思えば。
シレッと言い放つから、反応に遅れてしまった。
そんな一説があるのか。
まぁ、確かに人に髪を触られるのはあまり好きじゃないかも。
というか、親しくない人には触られたくない。
『知った上で撫でる長太郎くんは勇気あるね』
「んー、名ちゃんのリアクションで恥ずかしくなったかも」
長太郎くんは頭を掻く。
「それに嫌じゃないって言われたし」
『そ、そうだね』
二人して顔を赤くする。
「っ、手伝ってくれてありがとう!また明日!」
長太郎くんはわたしの手からちりとりを奪って走り去った。
わたしは立ち尽くしたまま、顔の熱が冷めるのを待った。
『明日、顔、合わせられるかな』
自分の髪をひと束つまむ。
今日はちゃんとケアして寝よう。