ほんまにどうてもええ、質問やった。


影の濃い、眩しいグラウンドを頬杖をついて退屈そうに見つめている隣の席の女子、姓さんに暇つぶしになればと質問を投げかけた。


「姓さん、夏って何色?」
『白』


こちらに目を向けず彼女はそう言った。


「なんでなん?」


結構な人は青とか黄色とか、海やヒマワリを彷彿とさせる元気な色を答える。
それに、白と答えるのは冬に多い。

記事になりそうと、話を広げる気のない姓さんに理由を尋ねた。


ちょっと不快そうに顔をしかめて俺の方に顔を向ける。


『光って白いんや。全部の色が合わさって白い』


一週間ほど雨の降ってないからか、カラカラに乾いた風が電気もつけない、真昼の教室に吹き抜ける。

この暗い教室の窓から見える景色は白い。

コントラストの違いってやつやな。確かに夏は白いかもしれん。


『目が眩むような陽射しの中でよぉやるわ』
「テニスんことか?陽射しの中でやってなんぼやろ」
『さいでっか』


姓さんはまたグラウンドに視線を戻した。


「ほんなら、黒も夏の色やと思わん?」


白だけやと身を焼いてしまう。黒に影に逃げ込む。
暗い教室だから、グラウンドの白さが際立つ。


そういえば、冬も黒いイメージがあるような。
夏と冬って対極なようで一緒なのかもしれない。


記事のイメージを膨らましている間も姓さんはグラウンドを見ていた。


「帰らんの?」


午前中に全て終わらせた終業式。
姓さんはどの部活を掛け持ちしてるか知らないが、校舎が空っぽになるまで教室にいる用はないと思う。


彼女から返事はない。

なぁ、と肩を叩くと彼女は泣いていた。
姓さんの涙に急に心が切なくなる。


『転校やて。前々から決まっとったけど、言えへんかった』
「残念やったな」
『楽しかったからここを卒業できひんのめっちゃ悔しい』


思い出、いっぱいあるもんな。
誰もいない校舎に一人残ってたんはそういうことやったんや。


ボロボロと大粒の涙を擦ろうとする手を掴んでハンカチを握らせた。
でも、俺のハンカチで涙を拭おうとしない。


「毎日洗って綺麗なん使こてるから汚ないで」
『ちゃうの。使こたら洗って返されへん』


ハンカチを机に置いて、指で涙を掬う。

あかん、そんなんしたら目にばい菌入って病気になってまう。


ハンカチを手に取り姓さんの目尻を拭った。


『汚れる』
「涙は汚くない」
『でも』
「転校のこと黙ってたんも泣いてたんも秘密にしといたるから」


まだまだ溢れ出してくる涙をハンカチで受け止める。
騒がしい夏に似合わない涙。どうしたら止めてあげられるのだろうか。


『最期やから言わせて。わたし、白石のこと好きなんよ。友達には悪いけど、そっちの方がずーっと悔しいねん』
「え?」
『優しくしてくれてありがとうな』


姓さんは荷物を持って、廊下へ駆けて行った。


目を真っ赤にして笑った姓さんは眩しかった。
カメラのフラッシュの後のように網膜に焼き付いて瞬きをするたびにちらつく。


「あかんで、あんなの」


握りしめた湿ったハンカチ。

誰に聞いても姓さんがどこに行ったか知らん。
携帯も持ってへんような子やったから、連絡先も聞くに聞かれへん。


「部活行こ」


俺は戸締りをして、新学期に座席が一つ無くなる教室を後にした。