「名」
『ヒッ!』
名前を一文字ずつ一文字ずつ愛おしそうに彼の口から紡がれる。
それはそれは丁寧に、語尾にハートをつけるような勢いで。
それがわたしには鳥肌が立つくらいに気持ち悪くて、思わず後ずさる。
幸村精市。一つ上の先輩。
この美少年は何故かわたしに付きまとう。
助けてクラスメイトで彼と同じ部活の赤也と、彼の顔を見るが知りませんと顔を背けられる。
この人と知り合ったのはいつだっただろうか。気付いたらこのざまなのだ。
幸村さんはわたしのことが好きらしい。
何故?と前に問いかければ、好きに理由はないよと諭された。
好きでいてくれるのは構わないのだけど、時間があればこうやって会いに来て、わたしに甘えに来る。
いや、マジで勘弁してほしい。
『何かご用ですか?』
「ないよ。強いて言うなら名に会いに来た」
ニコニコとわたしに一歩近付き、長い腕でわたしを掴み腕の中に押し込む。
その光景を見たクラスメイトから悲鳴が上がる。
代わります。代わってください。
「好きだよ」
優しいアルトボイスが鼓膜を震わせる。
爪先から頭の中てっぺんまでぞわぞわと震える。
再び上がる悲鳴や彼の囁きに耳を塞ぎたくなる。
『あなたは何が目的なんですか』
もう勘弁してくれと、彼の襟を掴む。
恋人にしたいの?それともそういう関係だけがほしいの?わたしに何を求めてるの。
キョトンとしてから、幸村さんの頬は綻んだ。
「そばにいたいそれだけだよ」
『はぁ?』
呆れて思わず先輩に対して失礼な返事をしてしまった。
すいませんと謝ると、気にしない様子で微笑んでいた。
「君のそばにいるにはどういう関係になればいい?」
まっすぐな瞳に見つめられる。
胸が締め付けられる。だけど異様に激しく脈を打つ。
「恋人が一番かな。俺は名のことが好きだよ」
『し、知ってます』
「そう。返事は?」
返事?返事か……。
はいと言えば付き合うのか、この人と。
付き合えるのか、わたしは。
『そばにいても構いません』
曖昧な返事をした。
どう受け取ってもらっても構わない。
幸村さんは顎に手を置き、考える。
「恋人になるにはまだ遠いのか」
少しがっかりと肩を落とす。
「でも、そばにいてもいいのなら」
頬に何か触れる。
それが唇だと気付くいたのは、気絶した女の子が崩れ落ちる音が耳に届いた後だった。