「せんぱーい!」
『やぁ。宍戸くんにご用かい?』
「いいえ、姓先輩に用事です」
昼休み。それも、残り20分。
二学年の鳳くんが三学年の教室に来るのは特に珍しくない。
クラスメイトでダブルスを組んでいるという宍戸くんに会いによく来ている。
クラスメイトはそれをよく知っていて、鳳くんが来たら宍戸くんを呼ぶというのは一連の流れだ。
だけど、今日彼の用事はわたしにあるという。
「実は勉強を教えて欲しいんです」
『宍戸くんからは、鳳くんの方が頭がいいと聞くけど』
「座学じゃなくて、絵の方で」
『ああ』
廊下では邪魔になるから移動しながら会話してるんだけど、鳳くんの背が高くて首が痛い。
わたしも言うほど成績が良いわけではないから、跡部くんとか忍足くんに頼めばと思ったのだけど、絵のことなら任せて欲しい。
たどり着いた、美術部員の溜まり場の第二工芸室。
と、言っても昼休みに美術部員はいない。
その上、夏の美術展や文化祭前じゃないとろくに集まらない。
だから基本的に放課後はわたし一人がダラダラと過ごす場所である。
授業で使うことのないこの教室。
引き戸はボロいし、建て付けが悪くて力一杯で開ける必要がある。
「よっ」
『力あるね、鳳くん』
「男ですから」
いともたやすく開けられた扉。
ドヤ顔で力こぶを作って見せてくれる鳳くん。さすが運動部。
絵の具が飛び散り掃除もまともにされない部屋。
あまりに埃っぽいので、これまた埃をしこたま引っ付けた暗幕を束ね、窓を開ける。
「先輩、こんな部屋に長居してたら病気になりますよ」
『慣れっこさ。苦しいだろ、窓際においで』
丸椅子を2つ並べて鳳くんに手招きをする。
この教室が気に入らないのか、似合わないしかめ面で丸椅子に腰掛けた。
『で、何を教えたらいいのかな』
「デッサンです!」
ニコッと彼は笑う。
うぅ、なんて眩しいんだ。
『お安い御用だよ。でも、音楽を選択しなかったんだね』
「男子少なかったので」
『そっか』
宍戸くんから後輩自慢をよくされていた。
あいつはテニスもできて、勉強も楽器もできるんだと、自分のことのように話してたのを思い出し笑いが出る。
それが不思議だったのか、わたしの顔をじっと鳳くんは覗き込んでくる。
「姓先輩って、可愛いですよね」
『えっ?』
突拍子のない言葉に顔が引き攣る。
ずいっと近付いてきた彼の整った顔に顔が赤くなるのを感じる。
「どうしてそんなに可愛いんですか?」
『どうしてって言われても』
何に可愛いって言ってるのだろう。
顔も仕草も生まれつき可愛いと言われた事がない。
至近距離で見つめてくる彼から逃げられず、目を瞑って顔を背ける。
『ひっ!』
口元にひやりと柔らかい何かが触れた。
キスだ。どうして、なんでわたしに。
「お昼休みにここに来てデッサン教えてください。差し支えなければ、俺の部活のない放課後も」
『わ、わかった』
わかったから、耳元で話しかけないで。
「よろしくお願いします!」
また眩しい笑顔で笑った。
わたしは目眩がした。