今日は高等部のオープンキャンパスで様々な制服をまとった同級生たちで溢れていた。
中等部もそれに混じり、授業を覗いてみたり、制服を試着してみたりと賑わっていた。


内部から繰り上がりの俺にはあまりオープンキャンパスは無縁なのだが、中等部より大きくなる校舎を覗いてみたかった。
800人強の内部進学生に加え、300人弱の外部受験生を受け入れようとする。工業と合わせて一学年30クラスなんてバカみたいだ。


些か人に酔った。
ふらりと立ち寄った来賓玄関。大理石でできたそこは空気がひんやりとしていて気持ちが落ち着いた。

そこにある大きな水槽。学長の趣味だそうだ。
その水槽前にセーラー服をまとった女生徒がしゃがみこんで水槽を覗き込んでいた。

水槽を指先で叩き、中にいる大ぶりな金魚を寄せて鼻歌を歌っていた。
彼女の側に捨てられたスクールバッグの校章を見る限り、ここから随分遠い中学のようだ。


俺の気配に気付くことなく上機嫌の彼女は誰か待っているのだろうか。


「こんにちは」
『わっ!』


何と声をかければいいのやら。暫く考えた末に無難に挨拶をしてみた。
全く俺の気配に気付いていなかったのか、退こうとして尻餅をつき、金魚たちも水草や流木の陰に隠れてしまった。

驚かせた詫びのように手を差し出せば、おずおずと俺の手を取り立ち上がった。
頭一つ小さい彼女は大きな目で俺の顔を見た。


こんな見学エリアから外れたところで何をしていたんだろう。
俺はある程度校内を把握しているが、彼女は純粋に迷子になったのだろうか。たどり着いたこの水槽に捕まっていたというところだろうか。


『こんにちは。あの、先輩ですか?』
「いや、君と同じ中学三年だ。立海のな。ここを受けるのか?」
『一応。まだ検討中ってところですけど』


同級生だと告げても抜けない敬語。まだ二年生なのだろうか。年齢と不釣り合いなほどに落ち着いた俺の雰囲気に緊張しているのだろうか。初対面の相手に馴れ馴れしくするのが苦手なのかもしれない。


「俺は柳蓮二だ」
『姓名です。大きいですね、立海』
「そうだな。三年も通っていれば随分慣れたがな」


水槽の前で話していれば、そろそろと金魚は広い場所を泳ぎ始めていた。
その様子を彼女がジッと見ていたため、俺も自然とそちらを見た。


『素敵だと思います。金魚が』
「金魚が、か」
『何か面白いこと言いました?』


学校全体を手のひらだとしたら、伸びた爪の先にもならない来賓玄関の水槽を彼女は気に入ったと言った。それがなんだか可笑しくて口元が緩んだ様子を見て、姓は首を傾げた。


「いや、ここに入ればもっと素敵なことが見つかるかもな」
『そんな気がします』


新生活が待ってるから、と彼女は付け足した。期待に満ちた瞳はキラキラとしていた。


「まずは合格することから、だな」
『そうですね……。今の所ギリギリなので頑張ります!』


一度眉を八の字に下がったと思えば、眉尻を持ち上げ両手は拳を握っていた。やる気に溢れているんだな。
ちょこまかと体を動かし、全身で表現する様子が幼子のようで、彼女も年相応と言えない。


喧騒から外れた来賓玄関にオープンキャンパスの終わりを告げるベルが鳴った。
姓は何か思い出したらしく慌ててカバンを肩にかけた。


『お母さん待たせてるんだった!じゃあね!柳くん!』
「また、入学式で」


姓は手を振って廊下を駆けて行った。


新入生説明会で再び姓と顔を合わせることになるのはまた別の話。