「名!」
『うわ、出たな幸村』
「ひどいなぁ、彼氏なのに」


海原祭での生徒会の重要な仕事は、各出し物の見回りである。
大した仕事ではないのだけど、過剰なサービスをしていたり、事前に申請されていた価格設定よりも高く設定されていたり、電源がライトアップ以外に使われていないかを見なければならない。

生徒会総出での仕事なのだが、生徒会長がすでに彼氏と脱線してしまっている。
分担しているし、急ぐ仕事ことでもないため、みんな出店を回りながらチェック作業をしている。


「あとどれくらいで終わりそう?」


人混みからわたしを捕まえて、当たり前のように並んで歩く。
幸村と海原祭を回りたいという周りからの羨望の眼差しが痛い。


『ついてくるの?』
「うん。名と一緒に居られるならそれでいいし、邪魔はしないよ」


出店を見てよそ見をしている見物客にぶつかりそうになったところを、幸村に肩を抱き寄せられた。
急に抱き寄せられたことに睨みつければ、幸村はニコニコとしていて、なんだか癪に触る。


「いいじゃん、このくらい。恋人なんだから」


肩に乗る彼の手を振り払えないわたしもわたしである。


『あと1つ』
「どこ?あー、F組かぁ」


二階の校舎の一角を占領したF組のお化け屋敷。中央階段から東階段までの3つの教室を占領していて、中々の広さだと思う。

中学生の文化祭のお化け屋敷なんてタカが知れていると思ったら、違う。
身内ならわかる。柳蓮二が当たり前のように関わっている。
彼なら人が暗闇でどんな心理か、どういうことをすれば不安に感じるかわかっている。

幸い、柳も生徒会の仕事に出ているためクラスの当番にいないが、幸村が入ろうと駄々をこねる。


「過度なボディタッチがあるかもしれないよ?驚かせすぎて、殴られたりとか」
『一理ある、かも』


その辺りも柳がしっかり考慮しているとは思うけれど、客の行動はそれぞれだろう。予想外のこともある。


「じゃ、姓は赤ちゃんの人形を抱っこして」


顔見知りということで砕けた態度の受付に、幼児向けのプラスチック製の赤ちゃんの人形を持たされる。
幸村にはフェイクキャンドル。

そして、そのまま説明も何もなく幸村と共に暗幕に押し込まれる。画用紙や暗幕でしっかりと目貼りされていて、目が慣れるまで随分かかりそうだった。
ロウソクの灯りも弱すぎて、あまりにも心許ない。


「こっち」


フェイクキャンドルの僅かな灯りを順路や障害物に貼られたリフレクタを頼りに幸村に手を引かれ進む。


『何もないね』
「そうだね。油断させたいんだろうけどッ!冷た!」


暗闇からクスクスと笑い声が聞こえる。ロウソクの灯りは居場所を示す役割もあるのか。


「名ってホラー平気なの?」
『映画とかは普通に観られるけど、お化け屋敷は好まないかな』


別の教室へ移る時に、飛び出して来た誰かに、絶叫してしまった。その絶叫に幸村もびっくりしたらしく、わたしを腕の中に閉じ込めた。


「見事な絶叫だったな、姓」


出口に柳が立っていて、笑いを噛み殺していた。


「カップル向けに、赤子を護ろうとする母性本能を利用し、それらを護ろうとする男性の心理を利用した。どうだ?」
「どうだじゃないんだけど!」


幸村はしきりにわたしの頭を撫でながら、気持ちを落ち着けている。わたしも明るみに出た安心感から目からポロポロと涙が溢れている。

正直どうだったと言われても、あの絶叫以来、中がどうだったかなんてわからない。幸村に連れられ早急に出口まで向かったから。


「逃げ出す奴もいれば、泣き崩れる奴もいる。精市のように護る奴もいる。面白いだろ?」
『以後禁止します』


わたしは赤の切符を柳に突き出した。