『え、何、怖』


おもむろにわたしの手を取った幸村はポケットから何か取り出した。
満足気な笑みを浮かべて手を離した。
終始無言だし、手を離すまでくすりとも笑わなかった。

幸村が手を離した後には、キラキラと光る華奢な指輪がはまっていた。それも左手の薬指に。


幸村はそのまま帰りの支度をしていて、何でもないと言わんばかりにいつも通りのことをしている。


『なにこれ』
「指輪だよ。一応、その石はプラスチックとかガラスじゃないからね。あと、返されても俺の指には入らないから」
『あ、ありがとう……』


角度が変わるたびにチカチカと輝く指輪。デザインはわたしの好みより、幸村の好みが強く出ているような気がする。


捲し立てられ、引き抜く隙も与えられないまま収まった指輪。あれ、これは校則違反ではないだろうか。
でも、この場で外すと幸村が笑顔でまたはめるか、笑顔のまま睨んでくるかのどちらかだ。


『ねぇ、幸村。怒ってる?』


片付ける手を止めた幸村はわたしの顔をじっと見つめた。

幸村の何を知ってるわけではないけれど、こういう幸村ってなんとなく怒ってるとかイライラとか憤りを感じている時だ。
そこそこ幸村と付き合って長いんだ。ちょっとした仕草でわかるようになってきた。

幸村は賢いから、考えて、気持ちを落ち着かせるためにわたしに指輪を渡したのだろう。
そう思うと訝し気に指輪を受け取らないで、嬉しくて笑った方が良かったかも。


「名にムカついてるわけじゃないよ」


少しだけ一安心。


『でも、なんで今?』
「いつでもよかったんだけど、ちょっとだけ気にかかることがあってね」


幸村は帰り支度が終わっているのに気付いて、わたしも慌ててペンケースをカバンに入れて立ち上がった。
なんてことない仕草で幸村はわたしの手を握った。

幸村の左手には指輪は無くて、テニスの時に邪魔になるからわたしだけに買ってくれたのだろう。


「名、最近可愛くなったって言われないかい?」
『言われ……る……』


否定しようと思ったけど、確かに言われるようになった気がする。
幸村と付き合ってからしみじみと言われる。

見た目を特別気にするようになったというか、着れればいい服じゃなくなったというか、仏頂面を辞めたというか。
信じられないくらい自分がわたしを気にするようになった。


「うん。名は付き合い始めた頃よりずっと素敵になった。だから、少しだけ他の奴らが君を見るようになった」
『はぁ』
「結構深刻な問題なんだからね。みんなが君と俺が付き合ってることを知ってるわけじゃないし、名は登壇する機会も多いから憧れられてもおかしくないんだから」


さっきまで静かだったのに、次は口が回るようになった。

心配性だなぁ。少しだけ胸がぽかぽかする気がする。
要は指輪で牽制したいと。色事に関してあまり話そうとしないけど、姓名には彼氏がいますよと主張したいわけだ。


『その状況、そっくりそのまま返すけど?』


わたしから見れば、彼女がいる事実を知りながらも近付いてくる女子を突っぱねない幸村を見るともやもやする。
その中には彼女がわたしだって知らない人もいる。
あんまりわたしがその場で牽制をかけると反感買うだろうからやらないし、匂わせるのも違う気がした。

だからわたしはそういう幸村を少し遠くから見ている。
その子たちのように積極的に幸村に近付けない。羨ましい。自分の卑屈さにがっかりする。


「俺は名以外になびかない」


とびきりの笑顔を見せてた幸村の顔は完全に緩みきっていた。

あぁ、この人、わたしの顔から思考がわかる人だったな……。


「あと、その指輪なんだけど、外すと俺のイニシャルが指に残るんだ」
『へぇ。面白い』
「反応が弱いなぁ」
『御守りみたい。大事にする』
「御守りかぁ。どちらかと言うと呪いだけどね」
『そうかも』


この指輪で幸村と繋がっていられるなら悪くない呪いじゃないか。


わたしは幸村に寄りかかるようにもう少しだけ近付いた。
幸村は手を握りなおして応えてくれた。


「キスでもする?」
『つまらないこと言わないで』
「お礼くらいもらっていいでしょ。あは、睨まないで。はい」


幸村に目を伏せて軽く屈んだ。
わたしはしぶしぶ幸村に顔を寄せた。
彼は大満足なご様子だ。