「名、俺たち付き合って半年経つんだよ。そろそろ俺のこと名前で呼んでほしい」
『せーいち?』
「そう精市」
『精市くん、精市くん。幸村くんに慣れすぎて間違えそう』
「間違えたら、ね?」


長袖のブラウスの下で鳥肌が立ったのがよくわかった。


わたしたちは無事に高等部へ上がり、新生活が始まる。
制服を新調し、真新しすぎて馴染まないそれに似合ってると言い合う。スラリと着こなした幸……精市くんはよく似合っていた。


教室も装いも新しくなったということで、呼び方を変えようと精市くんは提案してきた。
精市くんは付き合ったその日からわたしのことを名で呼んでくれた。一方わたしは男子を名前で呼ぶ経験がないために、今の今まで呼ぼうとすらしていなかった。


わたしは何度も頭の中で何度も精市くんと唱えた。
幸村くんと呼んだ場合の制裁が怖すぎる。きっと新しいクラスメイトの前でキスをするつもりだ。

精市くんは時と場合をあまり選ばない。一応気にしてるのか?人前では触れるだけのキスが多い。いや、できれば人前ではやめてほしいんだけど。
いざ放課後となればやりたい放題だ。キスの雨とはまさにこの事。それに対して満更でもない自分にはガックリくる。


「名、クラス貼り出されたよ」
『あ、本当だ。精市くんとは隣のクラスか』
「残念。授業中の名の顔が見られない」
『黒板見てよ』


精市くんはE組、わたしはD組。教科書借りられると冗談で言えば、毎日借りてやると返ってきた。やめて。


『やっぱりテニス部に入るの?』
「勿論。名は?」
『天文部かな。先輩達もいるし』


精市くんの顔が貼り付けたような笑顔に変わった。


「それって男?」
『うん。男の先輩もいるけど……』
「そう」


つまらないという様子にどうしてだろうと思うより先に、どうしてこんな態度なのか察した。


『精市くん、テニス部ってマネージャーいる?』
「あー……、春休みに見学したときはいたと思うよ」
『女の子?』
「確か、そうだね」
『そっか』


わたしは精市くんのブレザーの裾を軽く引っ張った。


何もかもが新しくなる今に、精市くんがわたしを好きでいてくれる自信はない。
わたしはバカだし、特別可愛くも綺麗でもない。何か手離したくなくなる要素は多分ない。

気が付けばこんなに精市くんのことが好きになっていた。


精市くんは貼り付けた笑顔から、いつものわたしの前で見せてくれる、柔らかな笑顔に変わった。


「俺は靡かないから、名も」
『うん。でも幸村くんはモテるか、ら……』


わたしアウトー!顔から血の気が引いた。


「名?」
『なぁに、精市くん?』


唇に触れた柔らかな感触。精市くんの長い睫毛が目の前にあって、ざわついた中に小さな歓声が上がった。


「次はないからね」
『ワカリマシタ』


繰り上がりの人が多いとはいえ、顔も合わせたこともない人の前で。多分精市くんは有名人だから、幸村精市とキスした女って印象はしっかり根付いただろうな。