『学校にこんな衣装が眠ってるなんてね』
「演劇部も管理悪すぎでしょ」


家庭科部のわたしたちは今演劇部に泣きつかれ衣装の手直しを行なっている。
こんな服というのは、純白のウエディングドレスである。
衣装として使った後洗っていないのか若干黄ばんでいたり、解れてボロくなったところを修復している。

多分、それなりに立派なものだと思う。貸衣装の中古か、はたまた誰かの身内に持ち物だったのか。
なんでこんなものが学校にあるのか不思議である。


トルソーがないために、わたしが代わりに着て、補修すべき場所に仮止めの糸を通して行く。
黄ばみはもう洗濯しても落ちないだろうから、レースでも貼って隠すしかない。


「名〜?……え?」


カランと音を立てて何かが床に落ちた。
その音の方を友達と見遣れば、幸村が被服室を覗き込んでいて、呆気にとられた顔でこちらを見ていた。

マズイ。


「待って、嘘。名の方から結婚を考えて、ホント待って。俺まだ18じゃない」
『コラ!土足厳禁!』


被服室のルールを覚えてないのか!教師がいなければ恐れることもないと、テニスシューズの幸村は大股で、やけに嬉しそうな顔でわたしに近づいてきた。


『待った!マチ針が刺さってる』


今にも抱きつきそうな腕がピタリと止まった。


「名に刺さると危ないもんね。わかったよ」


わたしよりも、針先は外に出ているから幸村に刺さると思うんだけど。

わたしを抱きしめたかった腕は、わたしの肩に乗り、腕を伝って手を握ってきた。


「名がその気なら、婚姻届を出さずとも、事実上の結婚を認めさせるよ」
『だからさ、もう、はぁ』


幸村の嬉しそうな緩みきった頬を見れば、言いたいこともなんだか言えなくなった。
とりあえず、土足で踏み込んできたのだから掃除くらいはしてもらおう。


「ついでだし、幸村くんにも着て貰えば?」
「え?何をだい?」


幸村のために被服室のスリッパを持った友達が要らぬことを言った。


「うむ、似合うね。さすが幸村くんだ」
「は、恥ずかしいな、これは」


わたしと同じくトルソーがわりにされた幸村。王子様の服が異様に似合っていた。イケメンだしね。
濃紺に金色の装飾のその服。少し埃っぽいが、継ぎ目の部分さえしっかり補強すれば問題なく着られるだろう。

本来着る予定の彼より、幸村のほうが肩幅も腕の筋肉もあるので若干窮屈そうだ。


「シンデレラかな?」
『どうだろう。でもそうかもね』


取れそうな装飾に目印だけつけて行く。これも多分クリーニングになんて出してないだろうな。


『幸村が脱ぐと破りそうだから、ジッとしてて』


わたしはボタンを1つずつ外していく。
若干劣化の進んだ布と、やはり窮屈だったのか、幸村の緊張が解けていくのが目に見えてわかる。


『ありがとう助かったよ』
「あ、うん」


ジャケットのマチ針をドレスに引っかけないように幸村から脱がせば、歯切れの悪い返事と、ぷいと顔を背けられてしまった。

そのままスタスタと出入り口まで向かって行ってしまった。スリッパのままで。


『幸村!靴、靴!』
「っあ!ごめん!」
『どうしたの、らしくないけど』
「今はまともに話せないかも。迎えに来るから待ってて!じゃ!」


顔を合わせないまま、靴を履き替え走り去った幸村。な、なんだったの、一体。