「あれ、ここは」


見覚えのない天井。ベッドの上だし、保健室かな。
ベッドから降りて仕切りのカーテンを開ける。


『起きた?』


丸椅子に腰かけた名がいて少しドキリとした。先生の姿も見えないし、名一人で待っていたらしい。


ああ、そうだ、名に抱きしめられてのぼせたんだ。
真田あたりが運んでくれたんだろうけど、待ってるのもその辺の奴らだと思ってた。


『もう大丈夫?』
「うん」
『戻ろう。みんな待ってるよ』


そうだ、パーティが始まる前に倒れたんだった。丸井と赤也あたりを随分待たせてるだろうな。

当たり前のように差し出された名の手。その手をとる。小さい。


「名が最近積極的で、俺はどうにかなりそうだ。仁王のイリュージョンかと思ってしまうよ」
『それ、嬉しい?』
「全然」


例え見た目が名であれ、男は勘弁してほしい。一度仁王が名にイリュージョンしたことがあるけれど、トキメキもクソもなかった。

名は俺と一緒にいてドキドキしたり、ときめいたりしているのだろうか。いつも涼しい顔をしているけど。
でも、最近は照れてるか。


「名」
『なに?』
「ずっと一緒にいてほしい」


家庭科室に辿り着く道のりはひどく短く、みんなと合流してうやむやになる前に立ち止まった。

するりと逃げ出せるくらい緩く繋がれた手。
名は一歩先に進もうとした足を引っ込めて、俺に体を向けた。


『プロポーズは18の3月じゃなかったの?』


するりと俺の手をすり抜け、二、三歩進んで振り返った名はとても幸せそうに目を細めて笑った。
それってさ。


「一緒にいていいってこと?」
『先に行くよ』
「待って!」


小走りで先に行こうとする名を後ろから両腕で捕まえる。


『離せ!』
「いやだ!」


髪の隙間から見えた名の耳が赤くて、逃げ出そうともがく名をより強い力で抱きしめる。


「絶対離さないから」
『幸村、苦しい』
「我慢して」


2つの鼓動を感じる。リズムは違うけれど、大きく忙しなく動いている。
なんだ、名だって緊張してるじゃないか。


「名、好きだ。誰にも渡さないし、誰の元にも行かないように魅力的な男になる」
『ゆきむ』
「だから、俺を見てほしい。君だけしか見えない」
『ゆき』
「ずっとそばにいてほしい。名がいいんだ」
「精市、そこまでにしておけ。結婚式よりも葬式を迎えるぞ」
「え?わっ!名!名!」


俺の腕の中にいた名の肌が青白い。だんだん力がこもって無意識に締め付けていたらしい。
蓮二が止めてくれなかったら、名に着せる服は白無垢じゃなくて白装束になるところだった。


名の意識もちゃんとあるらしく、大きく息をして、緩めた俺の腕の中で死んでないと呟いていた。


「ごめん」
『次からは気をつけてよ』
「!わかった」
「姓も精市も早く来い。待ちくたびれてるんだ」


名の手を握り直して蓮二の後について歩く。
どんな顔をしてるかと名の顔を覗き込もうとしたらそっぽを向かれた。
でも、手はちょっとだけ握り返してくれた。ツンデレってかわいいな。