初めてテニスの専門誌を読んだ。表紙が知り合いだから。
デカデカとした見出しをつけられ、対談記事よりも圧倒的に写真が多い気がするのは気のせいだろうか。
学校から戻り、母が付けっ放しにしたテレビのワイドショーでもその話題に持ちきりだ。

1枚他人のフィルターを通してみる彼は別人のようだった。


「というか、別人だろぃ」
『だよねぇ』


三年になってもわたしに抱き着く幸村は健在で、紆余曲折色々ありすぎて、わたしまで「ああ、またやってんな」と思うようになってしまった。


高一の時と比べれば随分と体格の良くなった幸村に擦寄られる様は、虎に抱きつかれた気分になる。
頭からパクッと食べられないだけマシだ。


「コラ!幸村はしたないぞ!」
「うるさいな、真田。これが俺のモチベーションに関わるんだよ!」


わたしと幸村を見て、同意のない云々で真田が騒ぎ、それに反論する幸村も聴き慣れた。
どう見たって純愛だよ。そうには見えん。名はツンデレだから全部照れ隠しなんだよ。そうか。と、幸村に丸め込まれるのはこれで何回目だ真田。
これのどこが純だ。ああ、でも不純ではないか。愛の押し売りだな。


テニス界の貴公子!幸村精市、世界ランク57位!の見出しと共に添えられた汗を光らせながらラケットを振るう彼が、このわたしに抱き着く男とは到底同一人物とは思えない。

容姿よくも物腰も柔らかい幸村は女性ファンが多い。
だから色々言い寄られているらしいけど、わたしの名前を出して断るものだから、わたしの名前も知られている。解せぬ。


「姓さんも大変ッスよね。厄介そうな人に好かれて」


すっかりテニス部と顔馴染みになってしまい、後輩の切原に同情される始末である。


しかし、いつもいつも引っ付かれているわけではない。
プロになった幸村はシーズンになれば公欠を取って休む頻度が多くなった。
その僅かな時間を見つけて学校に来てはわたしに構いにくるので、あまり無下にはできない。

それに、本当にわたしが幸村のモチベーションに関わってきている。
部活を覗きに行けば張り切って後輩指導もする。
大会中、1日2回のメールでも幸村の調子に関わってくる。時差でお互い夜中に受信しないようにした、最低限ののルールである。


わたしも幸村に随分感化されてしまっている。
朝の情報番組でテニスの結果を気にするし、衛星放送で幸村の試合を見たり、花の名前に詳しくなった。
テニスのルールだってすっかり覚えた。
料理やお菓子作りも段々上達していき、卒業後の進路にまでなった。


幸村は非常に面倒くさい奴だ。
引っ付いてくるし、わたしの将来に勝手に食い込んでくるし、わたしの態度で喜怒哀楽するし、たまに優先順位がおかしくなって自分のことよりわたしを選ぶし。

そんなのだから、わたしもあいつの将来にちょっかい出してもいいかなって。
そばにいて楽しいだけのやつじゃないから、ちょっとくらい一緒に居てやっていいかなって。


「お父さんキモすぎる」
「うっ、俺だって若かったんだよ」


何回目の結婚記念日だろうか。記念日に関して彼はマメである。
わたしと精市の間にできた娘も大きくなり、わたしたちの馴れ初めについて尋ねてきた。

それを聞いて娘は鳥肌が立ったのか腕を頻りにさすっている。
若気の至りのように話すけれど、今でも一緒の布団で寝るし、極力一緒に居ようとする。
これでもすごいテニスプレイヤーだったんだよと、言ってもあまり信じてもらえない。


40歳を超えた精市はプロを引退し、インストラクターとして奥様方に囲まれてテニスを続けている。
時々テレビにも呼ばれている。
わたしはどういう縁か、丸井の経営するケーキ屋で働いている。


『あなたもお父さんみたいな人に捕まらないようにね』
「それ弦一郎さんにも蓮二さんにも言われたんだよね」
「何かされたらさっさと俺に言うんだよ。どうにかするから」
『自覚あったんだね、自分の行動に』


精市は口を噤んだ。


『精市はさ、一途すぎてわたしに傷付けないように必死だっただけなの。わかってるから』
「名!」
「お母さんがそうやって不意打ちでお父さん喜ばせるから、うちは4人兄弟なんじゃない?」


洗濯物を畳んでいるというのに、精市が飛び込んで来るものだから、押し倒され洗濯物は畳み直しだ。
娘も呆れてどこかへ行ってしまった。
40代のする行動じゃないでしょ。

精市の恋は一生現役なんだろうな。


目元の小じわや深くなったほうれい線。相変わらず顔は整っていて、心はまだまだ青年のままだ。


「愛してる、名。俺と結婚してくれてありがとう」
『わたしも、精市に選ばれて幸せだよ』