「姓か」
「名だな」
「うるさいな、もう」


俺はどんな顔をしていたのだろうか。
部活に戻るや否や、蓮二と丸井はニヤリと笑った。


それにしても、名のウェディングドレス姿、綺麗だったな。ありがとう演劇部。

何もかも普段通りなのに、真っ白なドレスに身を包んでいるだけで、あれほど変わるものだろうか。
やっぱりマチ針とか気にせずに抱きしめておくべきだったのかもしれない。


いつか俺のために名は着てくれるのだろうか。


着替えてもう一度被服室へ向かえば、手縫いでドレスの補修をしている名の後ろ姿が見えた。
声をかけて驚かせて怪我をさせてはいけないと、開けっ放しのドアを軽くノックした。

振り返った名が俺を見て顔をしかめるかと思えば、おつかれと言って手招きをした。
今度はきちんと靴を履き替えて被服室に上がった。


『もうちょっとで終わるから待ってて』


針仕事をする名の隣に椅子を置いて、作業する手元を覗き込む。その真剣な横顔は俺が覗き込んでいても気付かない。
随分手馴れていて、料理もできるし、家庭的なんだな。


「名はいいお母さんになるね」
『他人事みたいね』
「俺はどう頑張ってもお父さんだからね」
『そっか。よし、終わり』


糸をハサミで切り取り、糸くずやシワを払いながら、そのドレスを目の前に広げた。

名にはやっぱり俺のためにウェディングドレスを着てほしい。白無垢姿も見たい。


被服室へ向かう途中の出来事を思い出す。


「幸村くん、ちょっといい?」
「なんだい?手短に頼むよ」
「幸村くんのことが好きです!」


最近パタリと止んでいた告白。誰もいない廊下とはいえ、随分と勇気のある行動だと思う。
彼女もわかってると思う。俺には名がいるってこと。


「姓さんがいるのはわかってる、けど、お付き合いしてないならって」


そう。名を追いかけ続けてもう随分と経つけど、未だに恋人同士ではない。


『幸村』
「ん?」
『帰ろ』


もちろん彼女の告白は断った。


恋人ではないとはいえ、今の名との距離感がとても居心地がいい。
だんだん名も俺に慣れてきたのか、散々逃げ回っていたのに、傍にいることを受け入れるし、自ら話しかけることも、俺を待つこともある。

いつからか、名とこうしていることが当たり前になっている。
恋人なんて関係に名前をつけなくても、俺たちにはそれだけの関係はあると思う。


やっぱり、俺のお嫁さんは名だ。


「名」
『ん?』


被服室を施錠し、その鍵をカバンにしまった名が俺の目をじっと見る。
目だけは前から合わせてくれてたっけ。


「好きだ」
『な、何よ、今更』


声も体もだんだん小さくなっていく名が愛おしい。


『えっ!ちょっと!』
「下校時刻だよ。ほら、行くよ」


唇に感じた名の頬の感触は忘れられない。
無理矢理手を繋いで歩かせているため、一歩後ろから抗議の声が聞こえる。


「俺がちゃんとしたウェディングドレス着せてあげるから」


振り向けば、真っ赤な顔の名がいて、俺も頬が熱くなった。