「ん?名疲れてんの?」
『あー、丸井おはよう』
「来た時からずっと突っ伏しとる」


昨日、幸村に改めて好きと言われてから心がざわざわする。ずっと蟠りのようなものがある。


朝練終わりの仁王に髪を遊ばれながら、耳には購買で買ったであろう菓子パンを頬張る丸井の音が聞こえる。


「今日、幸村くん来てないじゃん」
「おわ、お前さん急に動くな」


幸村という言葉に反応して思わず顔を上げた。
ゆるく結われた三つ編みがはらりと解ける。

目があった丸井は、大きな目を見開いてパンをかじる手を止めていた。


「ひっでぇ顔」
「幸村が血相変えて心配するの」


丸井と仁王の言う通り。朝、鏡を見てしこたま驚いた。
中々寝付けなかったとはいえ、こんなに濃いクマを作ったことはなかったし、化粧水つけ忘れたの?ってくらいに肌はガサガサ。明らかな寝不足だ。顔が死んでいる。


「何かあった?」
『幸村にキスされた』
「ヒュー、やるじゃん幸村くん」
「なるほどのぉ。それで眠れんかったんか」


囃され感心され二人に頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。顔がひどいから、髪だけは整えてきたのに!
女の子みたいで可愛いは余計なお世話だ。


そういえば、二人が言っていたように今日は幸村が教室に来ていない。
待っているようでなんだか癪だけど、賑やかな朝の主役がいないと寂しいものだ。

ふと窓の外を見遣れば、幸村と女の子がいた。わたしが窓の外から視線を外さないから不思議に思った仁王と丸井も一緒に覗き込んできた。
仁王がポツリと、幸村は委員会じゃったと呟いた。


「あれ、告白かのぉ」
「最近また増えてきたよな」


幸村、かっこいいからね。優しいし。テニスは強いし、頭もいいし。
やっぱり、わたしが特別に見られる要素はないよ。考え直しなよ、幸村。

胸のあたりがもやもやしてきた。


「不安そうな顔すんなって」
『そんな顔してた?』


両手のひらで頬を覆う。少しざらついている。


あ、女の子が幸村に頭を下げてから走り去っていった。
幸村は去っていく女の子の背中を見ることなく、花壇の手入れに戻った。
ほんの少しだけ、悪い人だ。


「名ってさ、幸村くんのこと好きだよな」
『そんなことないよ』
「嘘だろぃ。幸村くんといるの居心地いいんだろ」
『そりゃ、まぁ』


付き合っちゃえよと、小学生のようなことを丸井は言わなかった。だけど、二人して柔らかな笑顔を見せられた。

なんなんだよ、君たち。


好きか、好きねぇ。


本鈴により解散して、担任の話を右から左に脳を通さずにホームルームを過ごしていた。
海原祭でいくつかあげられた候補の中から何をするか、今日のロングホームルームで話し合うらしい。

なんだっていいけど、家庭科部だからどうこう言われなければいいな。