『あ〜〜電車待って!』


プラットホームまで階段を駆け下りる。
毎日毎日駆け込み乗車だ。ダメだダメだとわかっていても、朝は眠いしご飯は食べたいし、時間割はその日の朝に準備しちゃうのだ。


よし、間に合う……!


「待て」
『あっ!』


襟を掴まれ、無慈悲にも電車のドアが閉まった。やだ、乗れたのに。
わたしを止めてくれた奴を睨みつける。危ないからって駆け込み乗車止める奴がいるかよ。

やけに涼しい顔をした糸目の背の高い男子はわたしを見下ろしていた。


「この路線は10分の遅延を起こしている。お前の乗る電車は次だ」
『はぁ?』


電光掲示板を見ればわたしの乗る電車に10分遅れの文字が赤く表示されていた。


『遅延証明が出るから遅刻じゃない!ラッキー』
「そういうことではないだろう。もう一本早く乗る努力をしろ」
『やだよ。なんで見ず知らずの男子に言われなきゃいけないわけ』


よく見るとこいつ立海大附属だ。そこそこに頭がいいんだろうな。そういうのオーラから滲んでますよ。


『てかなんでわたしの乗る電車知ってんの』
「いつも見ているからな」
『きしょ……』


伏せられていた瞼が持ち上がって、鋭い眼光がわたしを貫いた。血は出ない代わりに冷たい汗が噴き出た。
気色悪いは言葉選びが悪かったかもしれないけど、普通にいつも見ているとか言われたらこうも言いたくなるでしょ。


早く電車来ないかな。こんな奴の早く離れたいんだけど。
わたしが車両変えればいいんだけど、仕方ないよね、最寄駅だとここのドアが一番階段が近いんだもん。

ちらりと電光掲示板を見ればさらに時間が延びていた。流れてくる文字を見れば、鹿が線路に飛び込んできて車体のぶつかったらしい。
うーん、ついてない。

だんだん人が増えてきて、東京横浜行きに関わらず反対側のホームからも人が溢れて今度は人身事故を起こしそうだ。


「姓で合っているか」
『なんで知ってんの。やっぱ、キモ……』


なんでまた睨むかな。


彼がカバンについたパスケースを指差したので、最寄りもわかるしこれからはひっくり返してぶら下げておこう。


『立海くんはさ』
「柳だ。柳蓮二」
『柳くんはさっきの電車に乗るべきだったんじゃないの?』


このホームは二つの路線が乗り入れている。
わたしがさっき飛び乗ろうとしたものは立海の方へ。待っている電車はこの駅で分かれて、わたしの学校の方向へ進んでいく。
柳くんはさっきの電車が来た時点で遅延を知っていたので、乗らねばいけなかったはず。


「姓と話してみたかったからな。遅刻することなどどうでもいい」
『えー……』


わたしはどうしたらいいのさ。こんなストーカーまがいなやつと。

増えた人に押され、柳くんに肩から突っ込む。彼はよろめくことなくわたしをその長い腕で背中から肩を包むように抱きとめた。

見上げた柳くんは人混みを睨みつけていた。他の人より一つ大きい彼は多分わたしにぶつかった人を捕らえているのだろう。


『ありがとう』
「構わない。イラついて弱そうな奴にわざとぶつかる輩もいる。しばらくこうしていろ」


振り払えない力で肩を押さえられ結局そのままで居ざる得ないことになった。今、わたしが暴れて他の人に迷惑をかけるかもしれない。
穏やかに笑っているけど、やっていることが強引すぎる。


『あ、電車来たけど、乗れるかな』
「このままサボるか?」
『えー、うーん、後ろを待つのも面倒だけど』


ただでさえ満員電車なのに、押し合いへし合い、金属の車体が膨らんでいるように見えた。
コロコロと太った車体が流れるのを見送り、次に滑り込んで来た立海方面への電車も見送った。
降りた人とあぶれた人でまだ混沌としているホーム。


『いいの?真面目そうな人間が』
「若干うるさい奴もいるが、気にすることはない」


柳くんの手を引かれて降りて来た階段を逆走する。

引かれた手の温もりから何か面白いことが起こる予感がする。何か新しいこと。例えばなんだろう、きっと幸せになれることだ。


『んー!やっぱりまた今度!』


彼の手を振り払って、やってきた電車に乗り込む。
柳くんはびっくりしていたけど、目を弧に曲げて手を振っていた。その口はわたしと同じくまた今度と紡がれていた。

明日は余裕を持って駅に向かおう。
押されて地面に足がついていない。心も浮き足立っていた。