幸村精市さまへ
ご卒業おめでとうございます。
このチャンスを逃せば、次に、いつ、思いの丈を伝えられるかわからないので、この場を借りて伝えようと思います。
あなたのことが好きです。
きっとわたしの気持ちなんてあなたにはさして興味のないことだと思うので、一方的に伝えられればそれでいいのです。
例え読んでいなくても、文字に起こすことでわたしの気持ちに一区切りがつきます。
どこまでも真っ直ぐで、正面から立ち向かっていけるあなたには、名前も書かずに、手渡すこともなく下駄箱に置かれたこの気持ちは逃げだと思うでしょうか。
憧れの幸村さんを見てきたのに、わたしは臆病者です。あなたになりたいと思いました。近付きたいと思いました。見つめていたいと思いました。それが恋だと気付いたときには、あなたは目の前から消えました。
あなたほどではないですが、とても嫌な思い出です。いえ、おめでたい日にこういうことを書くべきではないですね。ごめんなさい。
あなたがテニスをしている姿が好きです。コートに舞い戻ってきた日は嬉しくて涙が止まりませんでした。
あなたが日常を取り戻すまでわたしは随分とのうのうと過ごしていました。今思うと恥ずかしいです。幸村さんが特別に思わないように、日常を作っていたんですけど、あまり意味はなかったみたいです。
わたしは幸村さんの心はわかりません。
テニスをする姿、花の世話をする姿しか知りません。心の強さはちょっとだけ知っています。
でも、全部あなたの表面の部分しか知らず、それを好きと呼ぶのは可笑しいかも知れませんね。
一部しか知らないので全て見てきたなんて大それたことは言えません。その一部だけもわたしはあなたのことを好きと言える馬鹿者です。
最後に、毛利さんに一度だけお願いしたお見舞いの花束とこの手紙だけがわたしの勇気です。
お返事は必要ありません。以降の言葉も関係も望みません。この手紙を最後まで読んでもらえていたらわたしはそれで十分です。
改めて、ご卒業おめでとうございます。
「懐かしいな。覚えてるだろ?」
『ぎゃー!なんで大切に持ってるの!?』
引き出しから取り出した白の封筒を優しい目で見ていると思えば、わたしが中二の時に渡した手紙だった。
あの日の下駄箱はわたしのような臆病者の手紙やプレゼントでいっぱいだったのを覚えている。
ほんの少しだけ黄色く変色したそれをあまりの恥ずかしさに取り返そうとしたら、ひらりとかわされてしまった。
「なんでって名から貰ったものじゃないか。全部大切にとってあるよ」
『だからって、名前のない手紙なんて』
「字でわかるさ。俺に届ける部誌は君が書いていただろ」
当時テニス部のマネージャーをしていたわたしは、柳さんに頼まれて一日のか流れやスコアボードをまとめていた。
お見舞いも何度か誘われたけど、大勢で押しかけるのも、恋を自覚して顔を見ることなんてできなかった。
字でこんなに簡単にバレていたなんて。
その気持ちを知った上で、高等部で再びマネージャーに誘うんだ。残酷な人だ。
綺麗なままで薄紙に包んでいた心を、破らずとも中身を知っていた美しい人はどのまでも穏やかに笑った。
「俺は嬉しかったよ。でも名が現状維持を望んでいたし、部活に私情を持ち込むつもりもなかったけど、ちょっとでも話す機会が欲しかったからね、マネージャーに誘ったんだ。みんな君の根性も仕事も認めてるから、違和感なく受け入れたしね。俺がこうしなくても赤也が頼み込んだだろうさ。断るだろうけど」
『なんだかその頃からわたしのこと好きみたいに言わないでよ』
「え?ふふ、言わなかったかい?中学の頃から君のことが可愛くて仕方なかったよ」
中学の頃から。可愛いと思っているならもうちょっと当時から態度に出していても良かったんじゃないかな。
仕事とはいえ、あれしろこれしろ、その程度が持てないでどうする。いつも泣きそうになりながら言われたことをこなして、部員と一緒にクタクタになりながら動き回っていた。
「お見舞いの花束もね、名からだって知ってたんだ。小人さんはそんな気の利いたことしないからね」
『うそうそ!他にもいるでしょ、そんな子』
「居たよ。居たけど、なんとなくわかるんだ」
彼は同じ引き出しから一枚の栞を取り出した。
変色したかすみ草の押し花が閉じ込められた栞に嫌な汗が背中に吹き出した。まさか。まさかね。
愛おしそうに見つめる彼の口から紡がれる言葉を制した。いじわるはしないつもりなのか、ニコニコとしたまま栞と手紙を引き出しに戻した。
彼が先ほど言った、わたしがプレゼントしたものは全てとってあるの言葉が本当ならば、あのかすみ草はお見舞いの花の一部だ。
わたしはとんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。
「一晩中、君との出会いから今日まで語りたいところだけど、明日は早いからね。もう寝ようか」
『もうなんだか良い夢なんだか悪夢なんだかわかんなくなってきた』
「全て現実だ。夢のような現実だ。俺と一緒に幸せな夢を見よう、名」
転がりこむように2人でベッドに飛び込んだ。精市はわたしを抱きしめ、額を擦り合わせた。
精市のこの仕草は溢れた感情をわたしに分け与えたり、受け止めたりするときにする。幸せも、悲しみも、喜びも、不安も、全部。わたしは与えられてきた。分け合った。受け止めてきた。2人で共有しようと決めた時からずっと。
「君を、名を悲しませる不安もあるけれど、それ以上に今は涙が出るほど幸せなんだ」
『うん。わたしもこんな未来が待っているなんて思わなかった』
「手放すわけないだろ。……結婚してくれてありがとう」
『わたしこそ、ありがとう』