「そこで朝までじっとしてればぁ?!」


派手な音を立てて閉ざされた体育倉庫の扉。遠ざかって行く足音。してやられた。

彼女たちの怒りを買ったつもりはないが、積もり積もった鬱憤が今爆発したのだろう。
彼女たちは部活では熱いタイプではない。何となく入り、何となく活動している。全国大会に出たいわたしやその他の大多数とは反りが合わなかったのだ。


この体育倉庫の内側のノブが空回りし、外からでしか開けられない。だから、この後誰かが外から開けるまで出ることができない。
しかも、この体育倉庫は授業用の道具を保管しているため、放課後の今は開くのは運だ。


「えっ、嘘!閉まった!?」
『誰!?』
「そっちこそ!って、姓?」
『幸村?』


ジャージ姿の幸村が薄暗い倉庫の奥から顔を出した。


『何してたの?』
「後輩が道具をここに間違って片付けたみたいで、俺、病み上がりで何もできないしさ。姓は?」
『うーん、騙された感じ?』
「そっか。俺が帰ってこないなら真田が様子を見に来るだろうし、手伝ってくれない?」


わたしは待つしかできないから幸村の誘いに頷く。
そっか、幸村は退院してようやく部活に参加できるようになったんだっけ。
幸村はありがとうと微笑んだ。


『ところで何を探してるの?』
「予備のボールとラケットだよ。ラケットは結構ガット切れてるから張り替えに出そうとまとめてたんだけど」
『もしかしてこれ?』
「あれ?灯台下暗しだ」


わたしの足元、内開きの倉庫の扉の裏側にちょうど隠れてしまうから気付かなかったみたいだ。
幸村ははずかしかったのか、頬を掻いた。意外とお茶目さんなのかもしれない。

早々に目的を果たしてしまった幸村は、高跳びの厚いマットに腰かけた。わたしも座るようにとマットを叩く。


「コンクリートだから涼しいね」


幸村から一人分間を空けて腰を下ろす。わたしの体重で沈んだマットから砂埃が舞う。


『幸村はさっきまで汗かいてたと思うけど、喉乾いてない?』
「平気。俺からしたら姓の方が危険に思うよ」
『さっきまで教室にいたし』
「それが危険なんだって。知らず知らずに脱水症起こすよ」


幸村は水分補給がいかに大切かを語り始めた。さすが運動部というか、病み上がりというか。
気付かないうちに熱くなっていたのが恥ずかしかったのか、また幸村ははにかんだ。


「さっきは聞かなかったけど、姓はイジメられてるの?」
『反りが合わないだけだよ。あの子達は部活に入らなくちゃいけないからいるだけで、どうでもいいんだよ、部活』
「いるよね、そういう子。でも、姓に制裁を下す意味はわからないけどね」
『これであの子たちの怒りが収まればいいんだけど』
「姓が真田になっちゃえば大人しくなるかもよ」
『たるんどる!』
「ふっ……くくっ。似てない!」


二人で声を上げて笑う。朝まで出られないかもしれないのになんでこんなにも呑気にいられるのだろう。
幸村はマットに背中から倒れこみ、笑いすぎたのか、舞った埃を吸ったのか噎せ、わたしから笑顔が一気に引き背中にひやりと汗が伝う。今ここで幸村がうずくまっても助けを呼ぶことができないのだ。
横になって体を丸める幸村の背中を撫でる。わたしにはこれくらいしかできない。


「やだなぁ。笑っても心配されるなんて」


どちらかといえば、咳き込んだ苦しさよりも心配された事がつらかったのか、幸村は眉をひそめる。
元病人じゃなくても咳き込んだら心配するけどね。


「幸村、居るのか?」


幸村の戻りが遅いことを心配した真田が体育倉庫を開けた。朝まで監禁コースは回避されたことに、ほっと胸を撫で下ろす。


「二人して注意散漫だ!気を付けんか!」
『そんなことよりここを直さない学校にも問題があると思うけど』
「姓!」
『ヒッ!真田には感謝してます!』


イジメなんて大事にならないように説明するために、扉は閉められたのではなくて、ストッパーが外れたことにした。そうしたら真田に二人して怒鳴られてしまった。
真田を宥めた幸村も逆に怒られてしまい、耳が大声でキンキンする。


「姓は災難続きだね」
『このくらいの不幸ならまだ耐えられる』
「ねぇ、姓……今度はわざと閉めようか。鍵もかけてさ」


そう耳元で囁いた幸村はテニス部の備品を持って真田とともにテニスコートへ颯爽と去っていった。
それってどういうこと。わたしは幸村にもイジメられるのか。一人で体育倉庫に行かないように気をつけよう。