『ギャーーー!』
「喧しい!大人しくせんか!」
『真田も大概っわーー!光ったやだー』


……。


「耳も目も塞いでおけばよかろう」
『ヤダヤダ!それはひとりぼっちで不安になる!』


イラっ……。


『さなだ〜〜〜!』
「甘えた声を出すな!引っ付くな!」


……流石の俺でもこれは目に余るかな。


部活中、妙に空が暗くなり、校舎が白く光るように佇む。その異様さに胸の奥がざわつき、部活を取りやめ解散した。

雨はまだ降りそうにもないし、部室に入った安心感から、のんびりとはいかないが腰を下ろし部誌の記入をしていた。
部室に残ったのは俺と真田と名。

名はジャグを俺の指示で、外の水道ではなく部室の水道で洗ってもらっている。
もったいないと中に残ったスポーツドリンクを捨て、洗浄中に白い閃光が刺さる。

轟音と共に名が悲鳴を上げ、真田にしがみついた。


まあ、俺より真田のほうが名の近くにいたし、雷嫌いの名が人に抱きついたり、部屋の隅に縮こまる癖ぐらいわかってるよ。
それと同時にパニック状態なのもわかってるよ。

でもね。


目の前で、他の男に、縋り付いてる姿は見たくないなぁ。


俺はペンを部誌に置いて立ち上がる。


「名、おいで」


俺の声はしなやかな鞭のような雷鳴に掻き消されたのだろう。
名は真田の背中に手を回し胸に顔を埋めている。


声を荒げてはいけない。名は大きな音が苦手だ。優しく手を広げて少し腰を落とす。なんだろう、野良の猫と扱いが変わらないな。


相当真田が落ち着くのか、抱きついたまま振り返りもしない。


「……真田、雨が降る前に帰ったらどうだい?」
「言われんでもそうする。姓離れろ!」
『真田が見捨てる〜』
「人聞きが悪い!」


怒りの限界も近いのか、力一杯引き剥がされた。その勢いで背中から俺の胸に飛び込んできて、バランスを崩した体を抱きとめる。
鼻息を荒くした真田の背中に、雷に気をつけてねと声をかける。


「そちらも雨が止んだら早急に帰るのだぞ」
「ふふっ、真田にしたら面白い言い回しだね」
「土砂降りと神鳴には敵わん」


そういって真田は部室を出ていった。
まだ低く唸る曇天だけど、大丈夫かな。


『せ〜いち〜……』
「はいはい。落ち着いたら帰ろうね」


体の向きを直し、真正面から抱きつく名は頼りなくて護らなくちゃいけない。
幸い、彼女の気の落ち着かせ方や逸らし方は知っている。俺は雷鳴が怖くないから、優しくしてあげられる。
しばらく背中をさすっていれば、落ち着いたのか嗚咽は聞こえなくなった。


「あーあー、目を赤くしちゃって」


浮腫んで開かなくなった目の周りを優しく撫でる。瞬きをするたびにポロポロと落ちる涙はすくいきれない。
こうやって見つめあっていると、事に及んでいる時のようで、俺の中からむくむくと襲いかかりたい衝動が起こる。

いけない。ここは部室なんだ。ああ、でもキスくらい。


「名……」
『精市……』


唇同士が触れ合いそうな刹那、白く飲み込まれ、高いところから太鼓でも落としたのではないかと思う轟音が鳴り響いた。

相当近くに落ちたのか、空気を伝って弾けた電気が俺に当たってはまた細かく弾けた。
これには流石に俺も驚いた。


「名?名!」


名はぐったりと俺に体を預け気絶してしまった。息はあるし、とりあえず保健室にでも。


「あ、」


運悪く雨が降り出し、名を担いで向かうのは難しいかな。
ベンチに寝かせ、タオルを枕にジャージを体にかけた。


雨雲を刺激し続けた雷は低く唸りながら離れていき、夏の分厚い雲が雨を降らせていた。


名、傘持ってるのかな。部室の傘立てには俺の紺色の傘が一本刺さっているだけ。
まだ雨が降ってるうちに目が覚めてくれないかな。そうしたら、一緒の傘で帰れるのに。


真田は大丈夫だろうか。あいつのことだから風邪を引くこともないだろうけど。


左手は名の頭に添え、右手は再び部誌に戻る。
激しい雨音が踏み固められた白土に落ちる。静かと言うには騒がしいが、ほんの少し外とは切り離されたようで、彼女と二人きりがむず痒い。


『ん?あれ……』


部誌も書き終わり、雨も上がった。10分くらいだろうか。
ようやく目を覚まして、窓を見て、ベンチから飛び起きる。


『虹が出てる!』
「本当だ。雷もどこかに行ったし帰ろうか」
『うん!あ、ジャージありがとう』


軽く畳んで返されたジャージをラケットバッグに詰める。
雷は遠のき、虹を見たことで名は上機嫌で帰り支度をしている。


「名」
『ん?……はぇ?』
「パニックでも俺に絶対飛びつくこと。いいね」
『は、はい!』


振り向いた名の唇を啄めば、顔をどことなく青くして返事をした。気絶したときより顔色が悪いけど大丈夫かな。