『あれ……?』
ここはどこだ?
いつもみたいに宿題やって、ベッドでダラダラ友達とメッセ送りあって、気が付いたら日を跨いでたから適当に切り上げて寝たんだけど。勿論、自分の部屋で。
見慣れないシーリングライト。自分の物よりずっと大きくてフカフカのベッド。
寝てる間に何かあって病院にいるというわけでもないのは明白。一体ここはどこなんだ。
隣でもぞもぞと動く気配で顔をそちらに向ける。
『幸村?』
幸村なのだろうか。長い睫毛を伏せて、長めの緩いウェーブの青色の髪を枕に広げて眠っているのはわたしの記憶の中にいる人であれば幸村ただ一人だ。
しかし、見慣れない寝顔や伸びでたあごひげのせいなのか、ずっと大人に見える。それにしても綺麗な顔だ。
「ん……あれ、名が起きてる。寝坊助さんなのに珍しいな」
わたしの視線にくすぐったくて薄く目を開けた幸村。いつものことのように大きな手のひらがわたしの頬を包んだ。
わたしは中学生で、幸村も中学生のはずだ。なんで隣で寝ているんだ?ここは幸村の部屋?連れ去られた?それとも夢?
「ちょっと肌が荒れてる?学生の頃みたいだ」
『あの、幸村』
「ふふ、そんな昔みたいにな呼び方やめてくれよ」
寝起きのまだ半分夢の中の幸村はそのまま顔を寄せてキスをした。思わず手が出てしまい、バチンと小気味のいい音を立てて彼の頬を引っ叩いてしまった。
その痛みと驚きに目を丸くした幸村はようやく目を覚ましたのかまじまじをわたしの顔を見つめる。
「名、だよね?なんか違う。太った?」
『失礼じゃない!?大体なんで幸村と寝てるのよ!ここどこ?!』
「うるさいな〜。俺とお前の家だよ。何寝ぼけてるの」
『何それ。わたしたちまだ中学生じゃない』
「は?名こそ何を……中学生?」
今日は何度か幸村のポカン顔を見ることになりそうだ。
体を起こした幸村は、ベッドに腰掛け首をひねった。わたしも幸村の隣に座る。
今、目の前にいるのは27歳の幸村。13年後の世界ということになる。
幸村と同じベッドで寝るくらいだし、そういう関係であることは確か。
わたしと同い年の幸村を思い浮かべる。全くそういう気配もない。でも、たまにちょっかいはかけられるな。
大人の幸村はわたしと一緒になるパラレルワールドなのかもしれない。
「まぁいいや。今日は土曜だし、ゆっくりしていきなよ」
『あ、学校』
「もしかしたら向こうに行った俺の名は、制服がキツくて困ってるかもね」
『太っ……』
「てる、わけじゃないけど、若干お腹が出てるだけだし大丈夫かな」
やっぱり太ったんじゃん!季節が変わるだけでストレスで食べて太っちゃう体質なのに、生活が変わったら激太りするに決まってる。やだ!13年後!
慈しみの手がわたしの頭を撫でる。花を見てる時の優しい目だ。くすぐったい。
『幸村とわたしはいつ恋人同士になるの?』
「んー、それは未来のお楽しみだね」
よし、朝ごはんにしようと立ち上がった幸村は背が伸びていて、ベッドサイドに置かれていた写真の中に、未来のわたしと幸村が二人並んで笑っていた。
13年というものは随分長く、街は技術が進んでいてわたしは田舎者のようだった。
携帯電話は板になってるし、知らないカフェがやたら増えていて、知ってる人がそばにいる環境でよかった。
わたしと遊んでいる幸村は、中学生に戻ったみたいだと一緒になってはしゃいだ。
「寝て起きたら戻ってるんじゃないかな」
『それだといいな。きっとわたしも働いてるんだろうし』
「うん、働いてるよ。毎日大変だけど、楽しそうにしてる」
『そうなんだ。今と変わらないみたい』
フカフカのベッドに横になって、重い瞼をなんとか持ち上げながら、幸村と話す。
聞きたいことはいっぱいある。出かけてる時は街の変遷に驚いてそれどころではなかった。
もっと話したいことがあるのに、気を失うように眠りについてしまった。
「おはよう。あれ、姓だよね?太った?」
『もう!デリカシーがないのは相変わらずね!』
「はぁ?」
顔色の悪い姓に声をかけた。
制服のお腹のあたりが妙にキツそうにしていて、猫でも服の中に忍ばせてるのかと思って冗談を言えば、割と本気で怒られた。
顔色が悪いというか、どこか居心地が悪そう。
もうすぐ予鈴が鳴りそうだけど、部室に来るか誘えばコクリと頷いた。
『はぁ。やんなっちゃう。なんでこの歳でコスプレしなくちゃいけないの』
「コスプレって、ただの制服だろ?」
『そうだけど……。何年か前に精市が強請ってきたの思い出す』
溜息を吐いた姓が妙に艶っぽくて、というかまじまじと顔を見たら顔立ちが大人びている。輪郭がほっそりとしていて、制服が窮屈そうなのはお腹ばかりではないらしい。
「ねぇ、姓なの?」
『うーん、そうだけど、今は違う』
「俺と関係あるんだよね?姓とそのお腹」
『察しの良さは昔からね。でも、未来の楽しみにしようか』
姓が俺に隠し事なんて生意気。といっても、彼女は俺より年上なんだから余裕があるのかもしれない。
『精市、デートしようか』
ドキリと胸が跳ねる。なんで姓なんかに期待してるんだよ。ダメ?と首を傾けられると頷くことしかできない。何もかも姓が大人のせいだ。
あ、でも中身はあんまり変わってないや。デートしてて思った。
懐かしい懐かしいを連呼していて、だんだん腹が立ってきた。
『今日は楽しかった。ありがとう精市』
姓を家まで送り届けたころはもうそれなりに日が暮れていた。夏至も過ぎたから当然なんだけど。
未来のことは色々はぐらかされた。ネタバレされてもつまらないけど。
もしかしたらこれくらいなら答えてくれるかもしれない。俺は最後の質問をした。
「お互いに呼び方が変わったのはいつだい?」
『うーん……。わたしはいつだったかな、精市は……もうすぐじゃないかな』
じゃあ、またね。そう言って、俺の頬を撫でて彼女は家の中に姿を消した。
姓のくせに……。
ドキドキと動く心臓に手を当てる。生意気。
「おはよう」
『いっ……たぁ!何よ!幸村!』
バチンと不意に背中を叩かれ、それも思いっきりなものだから前につんのめる。
転びそうになったが、足で思い切り踏ん張り耐えるが、これなら転んだ方がマシなくらい注目を浴びた。
「ねぇ、名、俺たち付き合おうか」
『はい。とは言えないんだけど』
「いいよ、今は。いつかは俺に落ちるんだから」
そう言って笑った幸村は大人の幸村顔負けの色気を孕んでいて、胸を押さえた。