あーもう!くそ!頭を冷やしてこいって偉そうに!
レギュラーの先輩たちには途中までいい勝負したって、今日は格段と調子が悪い。45までとらせてやりましたよと言わんばかりに、あとはサヨナラ6-0。なんなんだよ!

柳さんに頭を冷やしてこいと壁打ちを命じられ、体育館裏でイライラを捻り潰すようにラケットを振ってるけど、思い出すたびにイライラして、どんどん壁に跡がつく。


「あーーー!チクショウ!!」


渾身の力を込めて打った球は壁から勢いよく跳ね返り、俺の足元を鋭角に跳ねていった。
取れなかった。氷の世界。なんちって。

ガシャーンって後ろから音がしたんだよね〜。なんか倒れたくらいならいいんだけど。
てか、柳さんわかってたのか?頭どころか肝も冷えてんだけど。


振り返れば校舎の窓が1つ空っぽになって、背筋が凍りついた。こんなの真田副部長にバレたら。俺は足音立てないように校舎に近付いた。
あの角の教室……。そうだ、化学実験室だ。
何でもうよりによってワレモノの多いところに飛んでくんだよ〜!


こっそり、ひょっこり化学実験室を覗き込む。よかった。窓は開いてたから無事だー!
けど、ビーカーとか倒れてて、机や床が濡れてて、粉も散らかっててヤバイと思ったし、雑巾でそれを拭いてる女子がいて、思わず声が出た。


「それ、ヤバイ液体じゃねぇの!?素手で触んなって言うじゃん!」


俺の声にびっくりしたのか女子は手に持っていた試験管を落としそうになっていた。


「ヤバイって服も濡れてんじゃん!」
『え?ああ、一応大丈夫だよ』


あっけらかんと笑う女子に力が抜けた。


女子は屈んでなにかを拾い上げると、俺の方まで近づいてきた。
怒られるかな、何か壊して弁償させられんのかな。


『はい、ボール。危ないから力加減はほどほどにね』


俺の手のひらにボールを転がして、また片付けに戻るために振り返った。


「マジで怪我とかしてねぇの?」


俺が気になってたことだ。
もし人が居なくてちょっと割れてたならボールだけ回収して退散しようと思ってたけど、この人がいて服とか濡れちゃってるなら怪我してたっておかしくない。

女子はうーんと首を捻って、左肩を押さえた。気にするなと言わんばかりに笑って、テニスボールって痛いんだねと言った。


「すんません……。一応、保健室は行っといてください」
『痣くらいだと思うし平気だよ。それより部活は大丈夫?』
「先輩に追い出されてるんで」
『あは、幸村は厳しいなぁ』


さっきからタメ口で幸村部長を呼び捨ててるからこの人は三年なんだな。タメ口とかあんまり気にする人じゃないっぽい。


「ホントあの、ごめんなさい!」
『平気平気。ほら、頭冷えたなら部活戻った!』
「ウィッス」


誠意を持って謝れって散々真田副部長から言われてるから深く頭を下げた。
女子は何ともないと笑うからスッゲー安心する。


「遅かったな。頭は冷えたか?」
「ッス。あと、変な人に会いました」


ポケットからあの人から貰った結晶を取り出す。あの人が作ったもので、今日もこれを作る予定だったらしい。作る前だったので、零したのはただの水だった。
ちなみにこれはミョウバンの結晶らしい。正体が何かさっぱりだ。

その話を柳さんにすれば、顎に手を当てた。


「姓に会ったのか。怪我はさせなかったか?」
「ちょっと肩をボールで打ったらしいッス」


あの人、姓さん痣をほったらかしにしそうだな。俺だったら慣れてるから放って置くけど、女子だし傷になったら可哀想だな。


「気になるなら終わってから行くんだな。コートに入れ。弦一郎が待っている」


背中を押されコートにまた戻ったけれど、姓さんのことがたまに気になってコードボールが増えて真田副部長にちょっと怒鳴られた。
その様子をたまたま通りがかって見てたのか、姓さんは柳さんと幸村部長の隣に立ってくすくす笑っていた。


後から聞いた話。一時期テニス部のマネージャーをしていたらしく、三強とはそこそこに仲がいいらしい。
それがあってか、姓さんに理科と数学を教えてもらうことになった。なんで。優しいからいいけど。

俺に教えるために動く唇が好きだったりして、めちゃくちゃ気になってる。姉ちゃんやクラスの女子となんか違って、うっかりガン見しちゃう。
俺が勉強に集中できてないのに気付いたのか、困った顔をして、問題集を指差した。


『あれ。まだそれ持っててくれてるんだ』


その時視界の隅に映った俺の筆箱から見えるミョウバンの結晶を指差した。


「なんか御守りぽくてずっと入れてるんすよ」
『なんの効果があるのやら。もっと大きいのできたから、終わったら見せてあげる。ほら、頑張れ』


誰がそんなことのために頑張るかよ〜って思いながら、姓さんの言われるがままに問題を解いてテストに挑んだら予想以上にいい点がとれて、自分のことのように喜んで姓さんが抱きついてきたからやった甲斐があった。
鼻の下が伸びてたから後から先輩たちに散々弄られたのかアレだ。